K114 黒川祐次

作家番号：K114	黒川祐次	くろかわ・ゆうじ
	国籍：日本	生没年：1944～
日本の外交官。ウクライナ駐箚特命全権大使、コートジボワール駐箚特命全権大使などを歴任した。　愛知県出身。愛知県立旭丘高等学校を経て、1967年に東京大学教養学部国際関係論分科卒業、外務省入省。1986年から1989年まで、在モントリオール総領事。1990年から1994年まで、国際交流基金総務部長。1996年から1999年まで、在ウクライナ特命全権大使。1999年から2001年まで衆議院外務調査室長、常任委員会専門員、外務委員会専門員。2002年から在コートジボワール特命全権大使。退官後、日本大学国際関係学部国際関係学科教授。2008年「コートジボワールの紛争と日本の対応」で日本大学博士（国際関係）。2021年、瑞宝中綬章受章。現在は、ウクライナ研究会（国際ウクライナ学会日本支部）賞選考委員長を務めている。

管理番号	書　　名		メ　　モ
K114-001	物語ウクライナの歴史		ウクライナは、どのように生きてきたのか

管理番号：K114-001

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出版社：中央公論新社

書名：物語ウクライナの歴史

ヨーロッパ最後の大国

ISBN4-12-101655-6　C1222

中公新書 1655

価格：860Yen

ページ数：270P

本のサイズ：新書

初版発行：2002/8/25　10版：2022/3/20

購入：2022/4/5

　ウクライナ戦役、と個人的に呼んでいるロシアによるウクライナ侵攻が開始されたのが2022年2月24日。この本を購入したのはその約一月後、なんとなくウクライナの歴史を知りたくて買いました。読了したのはすぐなのですが、戦いに区切りが出るまで待とうと思ったのです。
　現在（2025年1月）、開戦より2年11ヶ月経過しましたが、大方の予想を裏切って戦乱は収まりません。ロシアは不当に（と我々自由主義陣営は思っています）ウクライナに侵攻し、領土を略奪し、ウクライナ国防軍と戦闘を続けています。NATOを中心にした西側はウクライナ側を援助することを決定し、食料、武器弾薬を運びこみます。
　圧倒的な兵力差があるとはいえ、ロシアも継戦能力はそんなに高くない。意外に抵抗するウクライナを攻めあぐねて音を上げるかと思われましたが、こちらにも意地があったのです。国内の補充兵をかき集めると共に、こっそりと中国や北朝鮮から物資を運びこみ、戦いを続けます。かえってNATOの方に「援助疲れ」が出る始末。戦雲は晴れる様子もない。

　では、待ってないで書いちゃえ。

　プロフィールにありますように、著者は外務省の外交官としてキャリアを積み重ね、退官後も外交官として働いている人物です。1996年秋に駐ウクライナ大使に任命されました。赴任してみると、最初抱いていた農業国のイメージ通りの穀倉地帯もありましたが、それだけでは片づけられない複雑で懐(ふところ)の深い大国であると感じるようになったとか。
　それから年月が経って、著者はいろいろウクライナについて発見したものをまとめ、この本で紹介することにしました。
　そして

　固有名詞の表記については、原則としてウクライナ語の発音によった。ただしロシア語や英語の発音による表記がすでに定着している場合には、それに従うこととした。たとえばウクライナの首都の名はウクライナ語では「キイフ」であるが、ロシア語及び英語の発音「キエフ」が慣用化しているので「キエフ」を使用した。またウクライナの中心を流れる川の名は、ウクライナ語では「ドニプロ川」であるが、慣用に従いロシア語の「ドニエプル川」を使うこととした。（Pvii）

　としているのですが、このウクライナ戦役が進行するに従い、ウクライナ語の表記のほうが重要視されることとなったとは。日本外務省よりの2022/3/31の発表により、日本政府としてのウクライナ首都の呼称は「キエフ」から「キーウ」に変更されました。これにより日本は、明確にウクライナ側に立つことを政治的に宣言したことになります。
　が、これは別な話。

　現在のウクライナの地、すなわち黒海北岸にはじめて定住したと記録されるのは、ホメロスの『オデュッセイア』上のキンメリア人として描かれます。紀元前1500～前700年頃にここで遊牧生活をし、乗馬術を身につけ、戦い、鉄器時代をもたらしたとされていますが、詳細な記録はありません。
　そのあと文献に残されているのは、イラン系民族と思われるスキタイ人。彼らは中央アジア、カスピ海東岸から移住し、紀元前750～前700年頃にキンメリア人を追い出し、その地の主となりました。このスキタイ人の建国神話は、日本の三種の神器などに文化的な影響を与えているとする説もあります。
　彼らはゴート人のクリミア侵入によって歴史から消え去りましたが、紀元前七世紀から前二2世紀の約五百年にわたってこの広大な地を支配し、「スキタイの平和(パクス・スキティカ)」と呼ばれる秩序を作り上げたという。

　次にここを支配したのはサルマタイ人。大きな墳墓や優れた副葬品を残さなかった彼らは、五百年間この地に覇を唱えましたが、ヘロドトスのような「語り部」を持たなかったためか、あまり知られていません。これもまた、歴史の流れ。
　そののち、ゲルマン系ゴート人（紀元前三世紀半ば～四世紀末）、フン族（四世紀後半～六世紀半ば）、アヴァール族（六世紀半ば）、ブルガール族（六世紀末～七世紀半ば）と、諸民族がこの地を支配しますが、彼らは都市との交易に関心を持つことがなかったので文化的に意味のある遺産を後世に残すことはなかった、と言われます。

　そして現れたヨーロッパの大国、キエフ・ルーシ。

　最盛期のヴォロディーミル聖公(ウラジーミル1世)（955？-1015　キエフ大公-在位978-1015）の時代、ヨーロッパ最大の版図を誇り、その息子ヤロスラフ賢公(ヤロスラフ1世)（978？-1054　キエフ大公-在位1019-1054）は、自分の娘たちをフランス、ノルウェー、ハンガリーの王に嫁がせて「ヨーロッパの義父」と呼ばれたそうです。
　この中世の大国を継承するものは、現代の国家ならどこなのか。これまではロシア（ソビエト連邦）が大国でありウクライナは国家として独り立ちしていないロシアの一部であったため、ロシアこそがキエフ・ルーシの後継者であるとされていました。

　しかし、ウクライナにとっては、キエフ・ルーシ公国の正統な継承者であるかどうかは、自国が1000年前からの栄光の歴史を持つ国かどうかという国の格にも関係する重要な問題である。ウクライナのナショナリストの言い分はこうである。モスクワを含む当時のキエフ・ルーシ公国の東北地方は民族・言語も違い、ようやく16世紀になってフィン語に代わってスラヴ語が使われるようになったほどであった。15世紀のモスクワは、キエフ・ルーシ公国の支配下にあった非スラヴ諸部族の連合体であり、キエフ・ルーシ公国の後継者とはとても言いがたい。また苛酷な専制中央集権のロシア・ソ連のシステムはキエフ・ルーシ公国のシステムとは全く異なり、別系統の国である。キエフ・ルーシ公国の政治・社会・文化は、モンゴルによるキエフ破壊（1240年）後も一世紀にわたって現在の西ウクライナの地に栄えたハーリチ・ヴォルイニ公国に継承された。（P26-27）

　つまり、今までロシアによって併合され、国家としての形態を奪われていたがウクライナはロシアなどよりよほど由緒正しい大国の末裔なのだ、過去はともかく今、ロシアごときに屈する理由がない、という面子、プライドの発露。
　これは、子供っぽい感情ではありません。国家が入り乱れている西アジア、欧州の世界では、自分たちの存在価値の高さを示すことこそ国家としての尊厳の発露。遠慮して卑下すれば、格下と嘲られ、侮られる。
　独立を勝ち取ったウクライナは、ロシアの末端の末裔でない、ロシアより格上の大国家の後継者であることが望ましいのです。むろんロシアは、そんな事は認めたくない。この話の決着はどうなるのか、未定です。
　かつて日韓翻訳掲示板があったとき、ある韓国人に、高句麗は韓国の歴史と思うか中国の歴史と思うか、と強い言い方で問われたことがあります。過去の歴史を今どこと繋がっているか決めるのはナンセンスだろう、と答えましたが、韓国にとっての高句麗とは、ウクライナにとってのキエフ・ルーシ公国だったのかもしれない。

　そしてスラヴ人という不思議な民族の歴史が語られます。いつの間にか現れ、いつの間にか東ヨーロッパに広がり、気がつくと他の強大な民族を吸収して一大勢力となった彼らは、実はその起源や故地がわかっていないのだとか。
　この不思議な民族はやがてキエフ・ルーシ公国の時代に隆盛を極めますが、12世紀ごろ衰退し、いくつかの国家に分裂したのち、1240年のモンゴル侵攻により壊滅します。ロシアやヨーロッパから「タタール」と呼ばれたモンゴルは、ヴォルガ川下流を都とするキプチャク汗国（1243～1502）を建て、広大な領土を支配します。

　後世のロシアの年代記作家や歴史家は、モンゴル支配を「タタールのくびき」と称してロシア史のもっとも暗い時代として描くが、これはいささか割り引いて考えた方がよさそうである。モンゴルは破壊や殺戮それ自体を欲したのではなく、支配と税収が目的であった。抵抗すれば徹底的に報復するが、服従を誓って納税すれば自治を認めた。クリミアのように交易による収入が見込まれるところは直轄領となったが、ルーシの地はそのような旨味も少なかったので、間接統治が布かれた。モンゴル人には、ルーシの中でもステップは彼らの故郷と同じで馴染みがあったが、モスクワの属する森林地帯には関心がなかった。（P51）

　つまりこの時代は、「タタールのくびき」と呼ぶよりモンゴルが平和と秩序を保障する「モンゴルの平和(パックス・モンゴリカ)」が存在していた、という見解。優位に立った者の傲慢、ペンは歴史を塗りかえるということか。

　「ウクライナ」という言葉の語源は、wikiによりますと、「国」という意味と「辺境」という意味が並記されています。これについて、ウクライナ人のプライドという方面から、こんな事が書かれています。

　これまでロシア（ソ連）史をベースとした学説は、ウクライナの元々の意味は「辺境地帯」であるとしていた。辺境とは、当時のポーランドやリトアニアから見ての辺境である。しかし現在ウクライナでは、当時ウクライナという語には必ずしも辺境という意味はなく、単に「土地」（英語で言う「ランド」）または「国」を意味する語であったという説が出ている。それは、ウクライナという語が最初に現れる以下の文献の用例から見て辺境を意味する言葉としてはつじつまが合わないし、いずれにせよ自分たちの土地や国を誇りをもって辺境と呼ぶことは考えられないとするものである。

　そして文献などから、ウクライナという語の語源をいろいろ上げたのち、「辺境地帯」というより「土地」とか「国家」の意だと解釈したほうが妥当ではないかと言ったあと、そもそも12～13世紀のモスクワ地方はキエフから見ればはるかに辺境であった、辺境というなら、のちのロシア帝国から見て辺境だというはずはないだろうと結論づけます。
　ウクライナという名が特定の地を示すようになったのは16世紀のことだそうな。ウクライナで15世紀ごろ生まれたコサックが台頭すると共に、タタールと戦って辺境を開拓する民としてのコサック（ウクライナ語でコザーク、ロシア語でカザーク）が、この豊饒な地に進出してきたポーランドに対し時に戦い、時にその配下に入り、やがて台頭してきたモスクワ公国の統治下に入りつつウクライナという地方名が確立しました。
　モスクワ公国──ロシア帝国がウクライナを併合したのは、1765年のロシア女帝エカテリーナ2世が「スロボダ・ウクライナ」の自治を廃止した事から始まります。分割されてオーストリア帝国の影響下に入ったりしたこともあったとか。
　二つの大戦の時代、ウクライナは独立を志向し、何度も戦いを繰り広げます。その中でもコサックと言えばロシア帝国、ソビエト連邦に臣従しているはずが、獅子身中の敵、潜在的敵国と思われていたそうな。ソ連統治下で「ウクライナ」という名は剥ぎ取られ、「小ロシア」という行政名になったウクライナは、そのまま雌伏と受難の時代を迎えます。第二次世界大戦でもっとも苛烈な戦場になったのがウクライナであることを考えると、この複雑な歴史と国民感情は、簡単に語れるものではないとか。

　第二次大戦後にウクライナのソ連への不信が高まったのは、1986年4月のチョルノービリ(チェルノブイリ)原発事故と、それによって顕わになった極端なソ連の隠蔽体質といわれます。ソ連の中でも農業生産はもとより、ソ連随一の重化学工業地帯を誇ってきたウクライナですが、原発事故の処理はもとより、ソ連有数の公害汚染地帯となり、歴史的な軋轢だけでなく現代の社会の中でロシアの支配下からの独立を志向する人々が増加していたそうな。
　1991年8月にウクライナの独立が宣言され、バルト三国にウクライナが続いたことで、ソビエト連邦の解体は決定的になりました。ウクライナの独立宣言は、実は20世紀の入って6回目のものであったという。

　すなわち1918年1月、キエフでの中央ラーダの「ウクライナ国民共和国」、同年11月、リヴィウでの「西ウクライナ国民共和国」、1919年1月、キエフでのディレクトリア政府と西ウクライナ政府が合併した「ウクライナ国民共和国」、1939年3月、フストでの「カルパト・ウクライナ共和国」、そして1941年6月、リヴィウでのOUNによるウクライナ独立宣言に続くものである。しかしこれら以前の独立宣言はいずれも長続きしないか、または最初から長続きする見込みのないことを知りつつ象徴的になされた行為にすぎなかった。それに対して今回の独立は、統治能力を持つ政府を有し、ウクライナ人が居住するほぼ全地域をカバーし、国際的にも承認された上での独立であり、永続する蓋然性を持つ独立である。その意味では壮途半ばに潰えたフメリニツキーのウクライナ独立への夢が350年を経てようやく現実のものとなったわけである。（P253）

　幸運な独立という側面もありますが、面積は欧州の中でロシアに次ぐ第二位であり、世界の黒土地帯の30%を占め、人口はフランスに匹敵する五千万を持ち、石油・天然ガスの資源は不十分ですが石炭・鉄鉱石は豊富で、工業・科学技術面ではソ連の時代最先端であったというこの国は、兎にも角にも畏るべき潜在力を持っています。しかしウクライナも国内が一本化された訳ではない。その後も2004年のオレンジ革命、2014年のマイダン革命、クリミア危機、国内の親ロシア派の活動激化など、親欧米派と親ロシア派の対立が常にくすぶっていました。前途は快晴とは言えない。

　ロシアとウクライナは兄弟なのだ、という言葉があります。ロシアから見るとそういう見方になるのか。しかし歴史をふり返るとこれほど兄に過酷に扱われた弟がいるか、という印象があります。決して安直に考えてはならない。
　歴史とは不思議なものです。掘り下げてみてみると、外から見た印象はあっさり覆されます。

　2022年2月24日に始まった戦争は、今だ決着の見込みがありません。見守るしかないのが歯がゆい。
　そしてこれからも、日本はこの国と友でいられるだろうか。いろいろなことを考えさせられました。（2025/1/4）

　読書メーターの記録より　　読了：2022/4/15　