N023 セナ・ジーター・ナスランド

作家番号： N023	セナ・ジーター・ナスランド	Naslund. Sena Jeter
	国籍：アメリカ合衆国	生没年：1942～
アラバマ州バーミンガム生まれ。アイオワ大学で文学博士号取得。ルイヴィル大学で教鞭をとる。　現在、夫である原子物理学者ジョン・C・モリソンと娘フローラと共に、ケンタッキー州ルイヴィルに居住。

管理番号	書　　名		メ　　モ
N023-001	シャーロック・ホームズの恋		ホームズの愛した人と許されざる愛と

		Ver. 2.23

管理番号：N023-001

42 シャーロック・ホームズ・ノベル

出版社：早川書房

書名：シャーロック・ホームズの恋			ISBN978-4-15-100084-4 C0197
原題：Sherlock in Love　（1993）		翻訳者：青木久恵
ハヤカワ・ミステリアス・プレス文庫84　早川文庫3630	価格：520Yen	ページ数：284P		本のサイズ：文庫
初版発行：1995/2/20	購入：1995/3/10	表紙デザイン：ハヤカワ・エージェンシー・デザイン室

　シャーロック・ホームズが恋をした、というお話は、ある意味禁断の扉ですね。
　ご存じのように、ホームズは（出版代理人の）コナン・ドイル氏による「聖典」によれば、シャーロック・ホームズ氏は女性に信頼されるような優しさを見せる時もありましたが、基本的にはクールで女性嫌いな人です。ただ一人、彼を負かした女性、アイリーン・アドラーだけは、常に「あの女性　the woman」と呼んでいたとか。
　何とかホームズに人を恋させ、人を愛する人であって欲しいと考えた崇拝者にとって、想像の翼をはためかせようにも、これしかとっかかりはなかったのです。
　そこで、このテーマにはさまざまなバリエーションが生まれました。主流となるのはアイリーンとの間柄という展開ですが、それ以外もいろいろ。玉石混淆ですが、この本ではこんなパターンを描いて見せました。ホームズは女性を愛したことがあったのかという疑問と、後年の女性嫌いという「事実」の説明として、どうでしょうか。

　「現在」のワトスン博士の懐古から始まります。引退後、今は亡きホームズのかつての記録を整理し、彼の詳細な伝記を書こうと考えた私ことワトスンは、1922年12月21日に、タイムズ紙にこんな広告を載せました。

　シャーロック・ホームズの記録者が彼の伝記執筆を構想中。ホームズに関する面談、手紙等を乞う。
　　　ベイカー街221番地B、ジョン・H・ワトスン医師に連絡されたし。

　これがすべての始まりでした。
　不意に現れた、インヴァネスと鹿撃ち帽をかぶった影。一友人と名乗る宛先から送られた、ホームズの亡霊に気をつけて過去の詮索をやめろという手紙。ベーカー街に立ち寄ったワトスンを訪れた、ジャック・ヒギンズと名乗る中年の紳士。セント・ジャイルズ病院の謎の入院者。
　V・シーガスンの署名。ストラディバリウスのヴァイオリン。「V」の項目が切り取られた備忘録。ナンネル。ヴィクターとヴァイオレット。

　ワトスンの鈍さは相変わらず。だからこそ成立したお話、という懐かしい設定です。
　1886年といいますから、ホームズが売り出し始めた頃。「緋色の研究」の少し後で、「ボヘミアの醜聞」の直前のことです。シャーロック・ホームズが恋をして、その相手ゆえにあきらめざるを得ず、それがのちの厭世的な性格やコカインに耽溺した理由となった、というのが簡単にまとめたあらすじ。

　単なる甘やかな恋愛や悲恋ではなく、ああ言う悲劇があったから、ホームズはあんな人になったのか、と言う流れ。
　ホームズ譚に恋愛が絡むのは、鐵太郎はあまり好きではありませんが、これなら話的には納得できるか。「許せる」かどうかは、別ですが。
　鐵太郎の苦言としては、一番最後の展開。安直すぎるし、ホームズを愛したたくさんの人びとへの裏切りじゃないかな、これ。

　この話に絡むのが、かの狂気の国王といわれたバイエルン王ルードウィッヒ2世（Ludwig II. 1845/8/25～1886/6/13　在位：1864～1886）。

バイエルン王ルードウィッヒ2世

　バイエルン（Bayern）はバヴァリア（Bavaria）とも呼ばれるのでちょっとややこしい。ドイツ南部にある国で、元は神聖ローマ帝国を選出する選帝侯の領国でしたが、1806年ナポレオンの承認の元にドイツ連邦の王国とりましたが、第一次大戦後、消滅しました。
　この国王は、民衆にはわりに人気はあったようです。なにしろ、右写真のように格好良い。その下のノイシュヴァンシュタイン城のように、のちに文化遺産となった素晴らしい城もいくつも造り、ドイツ文化を興隆させた。
　しかし、鐵太郎は思うのです。国王とは、あえて国民のためとは言わないものの、国家のためにあるべきもの。その責を負えない王は王の資格はない、と。
　この本の帯には「悲劇の国王」とありますが、鐵太郎は、悲劇なのは無能・自儘・無責任な国王を抱いた国家・国民であり、無能たることが自覚できなかった王は悲劇的ではないと思うのです。

　この事件の直前、ホームズは「第二の血痕」という事件を解決し、ヨーロッパに戦乱が巻き起こる可能性を危ういところで食い止めました。

ノイシュヴァンシュタイン城

　こんなあやうい世界情勢の中で、無責任に国家の財産を浪費して脳天気に生きた狂気の人に、どんな好感を持てというのか。
　ホームズはどう考えたのだろう。
　彼女への思いの深さのあまり、王の評価までは思いが至らなかっただろうか。

　ワトスンは、諸説ありますが、1852年8月7日生まれ、1929年7月24日没で享年76歳とされています。そうであれば、このとき70歳。妻にも親友にも先だたれ、とうに引退した立場。過去を懐かしむ老人の楽しみとしては、いいかも。良い思い出がある人は幸せです。　　（09/7/5）