U013 エリナー・アップデール

作家番号： U013	エリナー・アップデール	Updale, Eleanor
	国籍：イギリス	生没年：1953年～
イギリス南ロンドンのカンバーウェル生まれ。オックスフォード大学を卒業後BBCに入り、テレビとラジオの番組制作に携わる。子育てのために退職。以来さまざまな仕事に関わりながら、小説を書き始める。　「怪盗紳士モンモランシー」シリーズで作家デビュー。

管理番号	書　　名		メ　　モ
U013-001 U013-002	怪盗紳士モンモランシー怪盗紳士モンモランシー２		不思議な二重怪盗になった男

		Ver. 3.04

管理番号：U013-001

24 近代冒険小説

出版社：創元推理文庫

書名：怪盗紳士モンモランシー			ISBN978-4-488-21704-4　C0197
原題：Montmorency　（2003）		翻訳者：杉田七重
創元推理文庫 Mア17-1　21704	価格：840Yen	ページ数：256P		本のサイズ：文庫
初版発行：2016/8/12	購入：2017/2/1	カバーイラスト：森美夏カバーデザイン:大野リサ

　始まりは1875年。ヴィクトリア朝真っ只中のロンドン。
　一年前、盗品を抱えて工場の屋根を走っていた彼は、間違えて天窓を踏み抜きます。落下した所にあったのは研磨機。そのあとの記憶はほとんどない。かすかに、こんな声が聞こえたことだけ。

　「刑務所の療養所には一切、経済的な負担はかけないと保証します。必要な機器類も監視役もすべてこちらで用意します」
　のちにそれはロバート・ファーセット医師の声だったとモンモランシーは知ることとなる。おびただしい傷を負ったモンモランシーを救うことで名を上げたいと考える外科医だった。　（P14）

　ずたずたになった身体ながら、この医師の研究材料になることでようやく生きながらえることができたこの男、実はその名ははっきりしません。刑務所では彼は囚人493であり、療養所ではその職員につけられた〝モンモランシー〟で呼ばれます。やがて本人がその名を名乗るようになったのでした。
　この時代のロンドンとは、シャーロック・ホームズの活躍する年代のちょっと前。身分の差は絶対で、王族、貴族、紳士階層、平民、貧民の差は厳然として、それで安定していたころ。医療福祉はまだまだ充分でなく、警察制度は強権的でずさん、犯罪に対する刑罰は、死か死にも匹敵する労役、あるいは国外追放。そんな時代。
　名誉欲に狩られた医師によって見せ物にされつつ回復していくモンモランシーは、刑務所内では特別扱いのために囚人と看守の敵意と悪意に晒され、療養所では実験材料兼下男として良いようにあしらわれます。しかしその中で、彼はこの先自分が何になるべきなのか、そのためにどうすればいいのかをじっと考えます。
　紳士の顔で故売品を扱う、というのがそのひとつ。そうやって、いままでの生活からはるかに上の階層の贅沢をしようじゃないか。そのために、下水道という都会の下にある迷路を自在に使う新時代の怪盗を操るというのがもう一つ。そのために刑務所内でじっと耐えながら、さまざまな囚人仲間を物色します。
　しかしあるとき気がついた。そんな都合のいい、しかも信頼できる盗っ人を探すのは、おそらく無理。じゃあ、自分がそうなればいいじゃないか。両方を自分がやるんだ。
　そして名前を決めます。

　〝モンモランシー〟というのは洒落ていて、いかにも上流階級らしい響きがある。墜落事故がきっかけで、いつのまにかそう呼ばれるようになり、以来本当の身元はだれにも明かしていない。そうだ、〝モンモランシー〟は贅沢な生活をする自分用にとっておこう。
　もう一人の自分──こっそり下水道の中に入りこみ、汚水のはねを上げて盗みに精を出すほう──には、それにふさわしい名前が必要だ。しかし昔の名前は論外で、地方なまりも癖も身ごなしもそのままでいいが、過去の身元につながりそうな名前だけはいけない。結局のところ、そういう過去から自分を解き放すために、今回の計画を考えたのだから。

　そうして考え続けた末に、ひとつの名前が頭に浮かびます。瀕死の重傷を負うことになったあの墜落の時、相棒だった間抜けなベインズが叫んだ言葉。
　「ずらかれ（スカーパー）！」
　かくして、刑務所から出所した493は、モンモランシーとスカーパーになります。

　この男、モンモランシーにはさまざまな顔があります。しかし、モラリストの顔はない。
　下層階層から上流階層に這い上がり、同時に持てる者から平気で盗みを働き、邪魔するものを遠慮なく始末する彼には、善悪の葛藤などはありません。これは、当時の社会の中では普通のこと。
　ファーセット医師はモルモットとなった患者・囚人のことを、傷の具合以外なにも知る気はありません。この医師の研究成果を見る紳士たちも、この囚人が人間だなどと思っていません。刑務所では、看守は自分が罰せられる可能性がなければ、囚人を平気でいたぶり、金品を取り上げます。そんな世の中ですから。
　時代背景を考えるとありそうなこと。現代の、というより自分の美意識で、感覚でこうであったはずの過去を書く作家よりナンボかいい。

　むろんモンモランシーが恥知らずな殺人鬼というわけではない。不要な争いは避けるし、殺しは極力避けます。目だつことが破滅につながるから。むろん、街角で人にぶつかれば帽子のつばに手をやり頭を下げます。取った相手の帽子に。次の紳士にはあたる前にさっと身をかわし、さっと財布を掏り取ります。
　こうして、スカーパーはコヴェント・ガーデンからストランド街の北に抜けるところにあったオンボロの家の最上階をねぐらと決め、モンモランシーは元は億万長者の私邸だった豪華なマリミオン・ホテルに宿を取ります。
　スカーパーの宿では、ミセス・エヴァンズもその娘ヴァイも、掃除にも下宿人にも家賃を払う限りなんの関心もないのはありがたいのですが、マリミオン・ホテルはちょっと困った。ここの支配人ミスター・ロングマンの娘シシーがその原因。なんの仕事もないのにホテル内をうろつき、アメリカの富豪にでも求婚されることを夢見ているとメイドに噂されていますが、後ろ姿以外は容姿は見るに堪えない上にテーブルマナーが最低なため、つねに服にも髪にも食事の残りがこびり付いているというていたらく。虫歯だらけの臭い口で言い寄られれば、リピート客が減るというもの。

　昼間は紳士として街を散策して時に宝石店で家宝を渋々手放し、夜は下水道を走って仕事をする生活はしばらく続きます。その生活が崩れたのは、ジョージ・フォックス・セルヴィンという大柄な紳士と出会ったとき。
　彼の正体はいったい何だったのか。モンモランシーの怪盗紳士の生活はどう変わるのか。

　最初、ルパンとかそう言った系列の、しかしもっとリアルな舞台で語られるピカレスク小説の系譜かと思ったのですが、違った。これは、もっとリアルを求めた数奇な運命の男の物語なのですね。
　これは面白い。続巻も読んでみようか。

　読書メーターの記録より　　読了：2017/4/13　

		Ver. 3.04

管理番号：U013-002

24 近代冒険小説

出版社：創元推理文庫

書名：怪盗紳士モンモランシー２	ロンドン連続爆破事件		ISBN978-4-488-21705-1　C0197
原題：Montmorency on the Rocks　（2004）		翻訳者：杉田七重
創元推理文庫 Mア17-2　21705	価格：1100Yen	ページ数：352P		本のサイズ：文庫
初版発行：2016/12/16	購入：2017/4/26	カバーイラスト：森美夏カバーデザイン:大野リサ

　約10年後、1885年の夏から始まります。
　満場の注目の中で行った公開手術が失敗して患者を死なせてしまったロバート・ファーセット医師(Dr Robert Farcett)は、失意の中でトルコ式浴場の蒸し風呂の中で横たわっています。いままで、新鋭の医師として時代の寵児であった彼がおかしてしまったミスは、あまりにも単純であるがゆえに彼のプライドをずたずたに引き裂いてしまったのでした。彼は医師としてよりもう人間として生きていられないほどの自己嫌悪にうちひしがれています。

　このトルコ式浴場で会う約束をしていたのが、ジョージ・フォックス・セルヴィン卿(Lord George Fox-Selwyn)。英国情報部の重鎮であり、見つけ出した有能なモンモランシーと共に海外で諜報活動を行っていたのですが、相棒であると共に友人ともなっているモンモランシーが、海外のさまざまな場で彼ジョージの危機を救ってくれた快男児モンモランシーが、麻薬に溺れて廃人同然になってしまったことに愕然としています。
　そこで、これまた長年の友人である医師ロバートにモンモランシーを救ってもらおうとしたのですがロバートの姿を見るとそんな状況ではないことがわかってきます。

　モンモランシーにとって、ロバート・ファーセット医師はかつて自分を重傷の身から救い出してくれた恩人。しかし囚人であり、下層階級から這い上がった下賤な盗賊であった自分の過去を知っている上、公開の席で見せ物として診察し、診断し、手術して医師としての能力を誇示するモルモットとした人でもある。
　麻薬に溺れ、時々現れる自分の第二の人格であるスカーパーの機転によってなんとか危機を脱しているものの、いつまでもその幸運は続かないことを頭の片隅では理解しています。しかし、正気に返ったときに二度と薬に溺れるまいと決心しても、しばらく経つとまた薬物に沈殿し、正気を失ってしまう。

　ジョージはまとめて二人をなんとかしようと考えますが、この二人の秘密の間柄を実は知らない。スコットランド北部バンフシャーのグレンダーヴィー城に住む兄エドワード・オーガスタス（“ガス”）の元に行き、そこで二人を静養させてなんとか回復させられないかと考えたのでした。エドワードは双子のジョージより一時間早く生まれただけですが、英国の法律では父が死んでロッセリー侯爵となり、祖父が死ねばモナバーン公爵となるのは家族の中で彼一人。広大なスコットランドの領地を統治するガスと、ありあまる母親の遺産でロンドンで自由に活動するジョージと、二人の生活は見事に別れているのですが、この二人実は妙に仲がいい。

　こんな序盤から始まる話は、実は最初のロンドン出発の時に副題のロンドン連続爆破事件の発端を見ることになるのですが、ジョージもモンモランシーもそれどころでなく慌ただしく出発したのでわからない。
　使用人の、地方の訛りがひどいモラグという娘がモンモランシーの世話をすることになったのですが、彼女のまだ赤ん坊の弟が死んだという知らせがあり、故郷へいったん帰りたいという。ロバートはモンモランシーの治療の一環になるかもと言う気持ちもあり、モラグを連れて彼女の故郷タリモンド島にむかいます。ここで彼らは、島の赤ん坊の死亡率が異常に高い、というより数年前から産まれる赤ん坊がすべて1歳になるまえに病死しているという驚くべき現象を目にします。
　一方のジョージは、内務大臣からの急報を受けてロンドンに戻り、連続して発生した爆破事件の捜査にあたります。

　遠く離れた二つの場所で、まったく関係のない二つの事件が起きます。ジョージ、ロバート、そしてモンモランシーの三人は、どのようにこの事件に立ち向かったのか。そしてモンモランシーの恥ずべき秘密はどうなるのか。

　かつて第一巻で登場した二人の娘がこの巻で現れます。
　一人は、あのとんでもない自意識過剰のマリミオン・ホテルの支配人ミスター・ロングマンの娘シシー。彼女はついにアメリカの大富豪の後継ぎとの結婚を勝ち取ってホテルの従業員全員と宿泊して彼女に悩まされた顧客すべてを安堵させるはずだったのですが、ほかならぬモンモランシーの登場でいささか危機的な状態に陥ります。はたして彼女の運命はどうなるのか！　誰にも期待されない娘の未来はどっちなのか！　とちょっとだけスリリングな場面が。(笑)

　もう一人は、スカーパーがかつて下宿していた宿の主人エヴァンズ夫人の娘ヴァイ(Vi Evans)。彼女は、20歳前後の厚化粧で体に合わないドレスを着た疲れた女性、という風情で現れます。そのままでいったら街の女として墜ちていくばかりだった彼女は、スカーパーとしての恥ずべき過去を友人たちにさらけ出したモンモランシーと他の二人の捜査の中に入り、両方の事件で重大な役割を果たすことになります。
　このヴァイが、モンモランシーにとってどんな存在になるのか。最初は無学で生意気な女なのかと思った彼女の新しい姿への変化が読んでいて楽しい。

　さて、この二つの事件の決着はどうつくのか。モンモランシーとロバート、二人の絶望は救われるのか。
　最後のヴァイの言葉が、未来への期待を与えてくれます。

　ヴァイ、という名のスペルが「Vi」であることはわかりましたが、最後の方でその正式な名がヴァイオレットであるらしいことがわかります。（P331)　英国文化が体に入っていればわかることなんでしょうけど、すぐに気づかなかった事がちょっと悔しい。(笑)
　このシリーズは、
　　Montmorency（2003）　時代：1875年
　　Montmorency on the Rocks（2004）　十年後、1885年から　本書
　　Montmorency and the Assassins（2005）　さらに十年後、1895年頃
　　Montmorency's Revenge（2006）　前巻の翌年
　　Montmorency Returns（2013）　最終巻。前巻の直後？
　と、五冊刊行されています。早く次が読みたいね。楽しみ楽しみ。　（2017/7/15）

　読書メーターの記録より　　読了：2017/6/17　