F046 ローラ･フォアマン＆エレン・ブルー・フィリップス

作家番号：F046	ローラ･フォアマン＆エレン・ブルー・フィリップス	国籍：アメリカ合衆国
	Foreman, Laura ＆ Phillips, Ellen Blue
ローラ･フォアマン：共同通信社、UPI通信社、フィラデルフィアインファイアラー紙、ニューヨークタイムズ紙などで実績のあるベテランジャーナリスト。　エレン・ブルー･フィリップス：ワシントンDCを根拠地とする編集者、著者として多くの本屋記事を手がけてきた。タイムライフ社の前編集部長。

管理番号	書　　名		メ　　モ
F046-001	ナイルの海戦		ネルソンとナポレオンの交錯した戦場

		Ver. 3.04

管理番号：F046-001

54 歴史点描

出版社：原書房

書名：ナイルの海戦	副題		ISBN4-562-03301-0　C0098
原題：Napoleon's Lost Fleet（1999）　　Bonaparte, Nelson, and the Battle of the Nile		翻訳者：山本史郎
	価格：1800Yen	ページ数：300P		本のサイズ：135×195HC
初版発行：2000/6/10	購入：2018/2/12

　ナイルの海戦を頂点として描いた、ネルソンとナポレオン伝。詳細に調査された歴史資料、アブキール湾から発掘された歴史的遺品の数々などを元に書かれる歴史絵巻は見事。この時代のさまざまな様相をコラムとしてあちこちにちりばめ、面白い読み物に仕上がっています。「水兵の募集」、「軍艦の等級」、「地獄のような医務室」など、あの時代の帆走戦闘艦についてのいろいろな情報が読んでいて楽しい。
　この時代について、勃興期のナポレオンの最初の大きな躓きについて、海洋考古学の成果をふくめ、綺麗に描き出しています。Discovery Booksらしい多角的、絵画的な描き方。読み物としても面白い。

　ここまでで歴史が定まっているのなら、これはよい歴史紹介といえます。

　しかし、だ。
　いくつか難点があります。

　ナイルの海戦（1798）で勝利したのは、英国海軍のホレイショ･ネルソン提督。英国の英雄です。それによって苦汁を飲まされたのは、ナポレオン･ボナパルト将軍。革命後のフランスで頭角を現し、ヨーロッパに嵐を巻き起こした世界史上の偉人の一人。
　しかし彼らどちらにとっても、この戦いの時代は、いってみればまだ序盤。彼らが英雄としてそのキャリアの頂点を築くはるかに前のこと。
　よろしいか、二人ともです。

　ネルソン提督の名が英国の英雄として知れ渡ったのは、その後に青色艦隊中将としてコペンハーゲンの海戦（1801）で上官の制止を振り切って決定的な勝利を得たときではない。フランスを支配するナポレオンの戦略の裏をかき、英国地中海艦隊司令長官としてトラファルガーの海戦（1805）に勝利を得て、その海戦で劇的な死を迎えたときが、彼の頂点。
　ナポレオンにとっては、このときはフランス共和国のいち将軍。ボナパルト将軍、と呼ぶのが正しい。彼がナポレオンの名で呼ばれるのは、この戦いのはるかにあと、1804年にフランス皇帝として即位してからのこと。そして彼の政治・軍事上の頂点は、皇帝となって更に後のこと。

　なぜこの時を選んでこの本を書いたのか、というとナイルの海戦の舞台であるアブキール湾から発見された歴史考古学上の遺物と、この時代の歴史を描こうとしたこと、なのかと思います。ディスカバリーチャンネル的に。
　だから、歴史上の遺物と歴史を楽しむにはよい本です。

　しかし、ね。こんな場面が出てきます。
　15歳の少年のネルソンは、フリゲート艦シーホース号でインド洋から東洋に航海した際マラリアにかかり、生死の境をさまよいました。このため本国へ送還される途中、譫妄状態で幻覚を見て、輝く球体が自分を呼んでいるように感じられたのだそうな。そしてのちにこのことを振り返ってこう書いたそうな。

「とつぜん、国を愛する気持ちがわたしの中で輝く炎となって燃え上がった。そして、国王陛下が、国が、わたしの庇護者なのだと教えてくれた。〝それなら〟とわたしは叫んだ。〝ぼくは英雄になるんだ。神のみはからいを信じて、どんな危険にも立ち向かうのだ〟と」　（P117）

　これは、ネルソンとしてありうる。ネルソンとはそういう一面もあった。でも。

　・・・身長は平均ほどしかなく、憂鬱な気分になりがちで、格別に容貌がすぐれているわけでもなかった。また、健康も不安定な状態にあった。しかし神の啓示にふれてからは──イギリス人なら〝英雄〟といえは誰もがネルソンのことだと頭に描くようになるずっと以前から、ネルソンは英雄となるべき自分の運命を疑うことはなかった。
　若きナポレオンが征服と帝国こそ我が運命と感じるようになったごとく、若きネルソンも、自分の未来の姿を心に描いていた。それはナポレオンほど大それたものではなく、神に見守られながら誠実に努力し、名誉と栄光に包まれる未来の自分の姿であった。　（P117）

　などという、結果がわかったはるかな未来からヒロイズムを描たら、もはやそれは歴史ではない。

　ところでこの少し後で、こんな文章もあります。

　規定では大尉になるには、最低でも20歳になっていなくてはならなかった。ところがネルソンの場合、必須となっていた海軍本部との面接をへて、1777年4月に昇進して大尉となったのは、わずかに18歳のときである。さらに約17ヶ月後には少佐、その三ヶ月後には中佐となった。そしてそれから六ヶ月がたつと、大佐となり、フリゲート艦の艦長をつとめていたのであった。　（P119）

　とりあえずWikipediaの項目から追うと、ネルソンがacthing lieutenant、海尉代行になったのは1775年。lieutenantつまり正規の士官となったのはたしかに1777年4月です。
　彼が功績を上げてmaster and commanderに昇進しブリッグ艦HMS Badgerの指揮を執ったのは1778年12月、 1779年6月にpost-captainとなり、9月に28門フリゲート艦 HMS Hinchinbrookの指揮を執ります。
　当時の英国海軍の階級で、「中佐」に相当するものはないはずなのですが、これはどういうことなのかな。
　原文が悪いのか、翻訳が悪いのか。
　ちなみに、海洋小説の翻訳の流れから、lieutenantは海尉、master and commanderを指揮官、post-captainを正規艦長あるいは勅任艦長と呼ぶことが多い。現代の尉官、佐官にあてはめるのは無理があるためでしょうね。

　ナイルの海戦に至る歴史の流れとさまざまな時代背景の説明は面白く役だつだけに、荒唐無稽にも見えるヒロイックな描写と、ときおり見られる変な訳語が、どうも残念な本でした。
　うーむ。　（2018/2/26）

　読書メーターの記録より　　読了：2018/2/12　