K108 木元寛明

作家番号：K108	木元寛明	きもと・ひろあき
	国籍：日本	生没年：1945年～
広島県生まれ。1968年、防衛大学校(12期)卒業後、陸上自衛隊入隊。　第2戦車大隊長、第71戦車聯隊長、富士学校機甲科部副部長、幹部学校主任研究開発官などを歴任して2000年に退官(陸相補)。　退官後、セコム株式会社研修部で勤務。2008年以降は軍事史研究に専念。

管理番号	書　　名		メ　　モ
K108-001	ナポレオンの軍隊		ナポレオンの軍隊組織の新機軸と、変な単位系のこと

		Ver. 3.05

管理番号：K108-001

52 戦史・戦争ノンフィクション　　

出版社：光人社

書名：ナポレオンの軍隊	近代戦術の視点からさぐる　　その精強さの秘密		ISBN978-4-7698-3158-7　C0195
光人社NF文庫き-1158	価格：800Yen	ページ数：256P		本のサイズ：文庫
初版発行：2020/3/22	購入：2020/3/14	表紙イラスト：

　ナポレオンの名は知られているが、彼の軍事技術、戦術についての解析・研究が日本ではほとんど行われていいない、と筆者は歎きます。ナポレオン戦術から発達した現代の戦術、つまり近代戦術を学ぶためには、ここをおろそかにできない、と。
　で、だれでも読めるような形で解説しまとめて見ようと思ったのが、この本の執筆理由だとのこと。そこで、何を書けばその神髄に触れることができるか、としてまず、筆者はナポレオンの戦術革命を次のように要約します。

一、自律的に行動する散兵を採用し、横隊ではなく攻撃縦隊を使用したこと。（第一章）
二、各個バラバラだった大砲の制式を標準化・軽量化し、契約市民だった大砲操作員を正規のエリート砲兵へと転化し、野砲を戦場で機動的に運用したこと。（第二章）
三、重騎兵、竜騎兵、軽騎兵をその特性に応じて運用したこと。（第三章）
四、独立的に行動できる師団（devision）および複数師団から成る軍団（corps）を編成して、作戦（operation）という概念を発明したこと。（第四章）
五、輜重部隊（輸送大隊）を編成し、補給縦隊で補給をこころみたこと。（第五章）
六、ナポレオン式指揮統率の明暗について。（第六章）
七、ナポレオンのアキレス腱となったパルチザンについて。（第七章）（P5-6)

　これはナポレオンの戦術革命についての要約ではなく、この本の章分けの説明ではないか？　と心の中で突っ込みｗ

　ナポレオン軍の第一の軍事的革命は、散兵という新しい歩兵部隊の創設であるという。厳しい訓練を受けた歩くロボットのようなマスケット銃隊に対して、高い知性をもち愛国心はあるが訓練が不十分な新生フランス義勇兵を活用するための戦術によるもの。古参兵など一握りの勇敢な兵士が前方に展開して薄いスクリーンを作って射撃を行い、その結果を受けて経験の薄い義勇兵たちを前進させる戦法で、全員を直立して一直線に並べる戦列歩兵とは一線を画した柔軟な運用が可能だったそうな。アメリカ独立戦争で植民地軍が行った「卑劣な」ゲリラ戦に範を取ったもので、勝つために何でもする合理的なもの。
　ナポレオンはこの散兵戦術を猟兵として実用化し、さらにこの部隊から生まれたエリート中隊を遊撃兵中隊として組織し、その体格まで規定します。ここで筆者は

　中隊は、頑健で精力旺盛、身長のもっと低い兵士で構成する。下士官・兵は身長4フィート11インチ（約148㎝）以下で、将校は5フィート（約150㎝）をこえてはならない。
　中隊は竜騎兵用マスケット銃より軽いマスケット銃を装備し、射撃訓練を徹底して実施させる。将校および下士官にはカービン銃（施条騎銃）を装備させる。
　これら中隊の兵士は、トロット（馬の速歩：時速約13キロ）で、あるいは騎手の長靴や馬のたてがみをつかんで起兵に続行し、そして馬を利用して素早く移動できるように、自ら乗馬したり騎手の後ろに飛び乗ったりする。これらの中隊は戦時編制で整備して維持する。彼らは身長不足のために徴兵を免除された者のなかから選抜される。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（ベルティエ参謀長への指示　1803年12月22日）（P25-26）

　と、史料から引っ張り出してきたらしい文書を提示します。しかし、おや。
　当時のフランス人がイギリスの単位であるヤードポンド法を使うだろうか。フランスが新時代のために革命のとき制定したメートル法か、百歩譲っても自国の古い単位系、トワーズ、ピエ、リーニュを使うはずではないか。
　騎兵用のマスケット銃は馬上で扱うために、歩兵のものより銃身が短く軽いものを騎銃として定めたものではなかったのか。これは銃身が短いため、射程距離は短く精度も悪いもの。それよりさらに軽い、つまり銃身が短い者を最前線の精鋭部隊に支給するのは理解できません。さらに施錠した銃とはその特徴である射程と精度を上げるため、銃身は長く重くなるのが普通ではないのか。
　なんだか、おかしい気がします。

　これに砲兵の有効な活用を加え、有機的に陣形を変えて敵軍の意表を突く戦い方をすること、それが著者の論ずる（少なくとも初期の）ナポレオン軍の強さの真髄なのか。

　ナポレオンの軍隊の新機軸や斬新な戦法・戦略をいろいろ解説していて読み物として面白いのですが、どうもあちこち引っかかるものがあります。特に度量衡の単位系。兵士のフィートでもそうなのですが、距離の単位でもナポレオンが書簡集に書いたとしている文書でこんなものが。

　1799年の戦役中（シリア遠征）、余は80リーグ（約440㎞）の砂漠を縦断してアクル（現シリア）を攻囲し、監視軍団をヨルダンまで進出させた、それは主根拠地のアレクサンドリアから250リーグ（約1,400㎞）だった。（P131）

　これはナポレオン書簡集31巻に収められたものなのだそうですが、ナポレオンが英国の長さの単位であるリーグを使ったのでしょうか。英国の単位系ならば、陸のリーグは3マイルで約4.83km、海のリーグでなら3海里で約5,56km。
　奇妙な事にこのナポレオンは、英国の海のリーグを使っているらしい。
　またもしフランスに古くからあったリューを使ったのだとすると、メートル法の制定によって新リューは4kmと定められました。ベルヌの「海底二万里」はまさにこのかっきり4kmのリューです。250リューならば1,000キロメートルです。
　この本の記述は、どこまで信用できるのか。

　またこの後半で、ナポレオンが師と仰いだ古代の名匠としてアレクサンドロス大王、ハンニバル、カエサルなどをナポレオンがその書簡集で回顧していると書かれています。
　その文書の中で、

　アレクサンドロスの背後にはチグリス川、ユーフラテス川、そして砂漠が広がっていた、彼は根拠地となる強化された基地もなく、マケドニアすなわちペラから900リーグ（約4,320㎞）の距離を進撃してインダス川にたっした。（P174）

　とその書簡の中から抜粋しています。
　ここでなんとこのナポレオンは、英国の陸リーグを採用しているらしい。それとも著者のケアレスミスなのか。

　さまざまな戦史やナポレオン軍の画期的な手法、ナポレオンを取り巻く参謀たち、将帥たちの活躍やナポレオンがどう彼らを駆使したのかなどの著述は、大変興味深いものです。
　しかしこの単位系に関する不整合が目に付き、どうも楽しめませんでした。やれやれです。
　自衛隊という軍事組織におられた方が、これはないでしょう？　（2020/09/21）

　読書メーターの記録より　　読了：2020/4/1　