M114 グレアム・ムーア

作家番号： M114	グレアム・ムーア	Moore, Graham
	国籍：アメリカ合衆国	生没年：1981/10/18
米シカゴ出身。コロンビア大学で宗教史を専攻し、2003年に学士号を修得。10年に英作家アーサー・コナン・ドイルの生涯を題材にしたミステリー小説「The Sherlockian」を出版し、ニューヨーク・タイムズのベストセラーリスト入りを果たす。12年には、英数学者アラン・チューリングの伝記本を映画用に脚色した「The Imitation Game」が、ハリウッド未製作脚本の人気投票「ブラックリスト」の史上最高得点で第1位に輝く。同作は、14年にベネディクト・カンバーバッチ主演作「イミテーション・ゲーム　エニグマと天才数学者の秘密」として製作・公開され（日本では15年公開）、第87回アカデミー脚色賞を受賞した。その他の製作前の作品では、エリック・ラーソン著「The Devil in the White City」の映画化で脚色を担当し、コメディ映画「Fucking Engaged（原題）」ではジュリア・ブローネル、ベン・エプスタインとともに脚本を執筆している。

管理番号	書　　名		メ　　モ
M114-001・002	シャーロック・ホームズ殺人事件（上・下）		1900年と2010年の事件の謎

		Ver. 3.04

管理番号：M114-001

42 シャーロック・ホームズ・ノベル

出版社：早川書房

書名：シャーロック・ホームズ殺人事件（上）			ISBN978-4-15-182551-4　C0197
原題：The Sherlockian　（2010）		翻訳者：公手成幸
ハヤカワ・ミステリ文庫 HM447-1 HMム1-1	価格：860Yen	ページ数：304P		本のサイズ：文庫
初版発行：2017/2/15	購入：2017/2/17	カバーデザイン：石川絢士(the GARDEN) +落合健人(sunrise garden)

書名：シャーロック・ホームズ殺人事件（下）			ISBN978-4-15-182552-1　C0197
原題：The Sherlockian　（2010）		翻訳者：公手成幸
ハヤカワ・ミステリ文庫 HM447-2 HMム1-2	価格：860Yen	ページ数：336P		本のサイズ：文庫
初版発行：2017/2/15	購入：2017/2/17	カバーデザイン：石川絢士(the GARDEN) +落合健人(sunrise garden)

　この物語は、シャーロック・ホームズの普通のパロディ、パスティーシュとはちょっと違います。1900年つまりホームズの物語が書かれていた時代と、2010年つまりこの本が書かれたときのふたつの物語です。

　プロローグのような最初の場面は、実は1893年8月、スイスのライヘンバッハの滝で考えごとをするアーサー・コナン・ドイルの憤懣から始まります。ドイルという作家のエピソードとして有名ですが、このとき彼はたまたま当たってしまったシャーロック・ホームズ小説群によって作家として名声を博したことで、書きたかったもっと重要な本を出すことができず、ホームズという架空の人物を現実の人物と思いこむファンの声にうんざりしており、この人物をどうかして始末したいと切実に考えていたのでした。

　次は、2010年のパート。
　ハロルド・ホワイトという29歳の若者が主人公。いま彼は、＜ベイカー・ストリート・イレギュラーズ＞つまりニューヨークに本部を置く世界で最も古いシャーロック・ホームズ研究団体であり、シャーロッキアンのたまり場である会への入会を許可され、有頂天になっているところ。
　話題が、コナン・ドイルの日記の一冊になったのは、必然か。ドイルは人生を通じて詳細に日誌を書き綴っていたのですが、なぜか一冊、1900年10月11日から12月23日までの一冊が、なぜか見つからないのです。
　それが、一世紀と10年の月日を経て、ついに見つかったという。会員であるアレックス・ケイルがまさしくこれを発見したと公表し、それを今年の＜イレギュラーズ＞の定例会議の日、すなわちホームズの誕生日として有力な1月6日に発表すると宣言していました。
　しかしそのアレックスが、翌日の会合に姿を見せず、ホテルの彼の部屋で殺されていたのでした。彼が発見したと言っていたドイルの日誌は、見あたりません。これに、なんの関係もないはずのハロルドが巻き込まれてしまった。いや、厳密には、単なる文学研究者である彼ですが、なんの気の迷いかホームズの手法を見習おうなどと考えてしまったのです。
　いっしょに、なぜかセイラ・リンジーという女性も絡みます。彼女は、最初はマスコミ厳禁の＜イレギュラーズ＞に入りこもうとしたジャーナリストかと思ってハロルドは警戒していたのですが、どうやら違うらしい。
　この二人が、警察が来るまでの短い時間に死体の様子を調べ日記を探したのですが、犯人が引っかき回したと思われる部屋のデスクの奥の白壁に、とんでもないものを見てしまったのです。

　その瞬間、彼はぎょっとして身を震わせ、ランプを取り落とした。電球が割れ、セイラもジェフリーも考えごとから引きもどされて、ハロルドのかたわらへ駆けつけた。まず彼らの目に留まったのは、きれいな白壁に付いている、ぼうっとした黒っぽい小さなよごれだった。そのあと、デスクの下に膝をつくと、絨毯の縞模様に沿って赤茶色の文字が、フィンガーペインティングのように粗雑に書きなぐられているのが見えてきた。拡大鏡を使わずとも、まだ乾ききっていないそのメッセージを読み取ることはできた。
　それは、〝ELEMENTARY〟──〝初歩だよ〟──と読めた。
　血で記されていた。　（上巻P95）

　そして、ホームズを殺すと決めて7年あまり経った1900年の、コナン・ドイル。いつまでたってもホームズを復活させろと言う声が消えない世間や出版社にいらいらしている様子。
　ここで新作として「勇将(ブリガティア)()ジェラール」をふたつ書いたという話が出てきます。（上巻P100）それ自体は別に良いのですが、勇将ジェラールというのはあくまで日本でつけた邦題。「ブリガティア　Brigadier」とはエティエンヌ・ジェラールの准将という階級を指します。准将ジェラールと書いてそのルビをつけるか、勇将ジェラールと書いてルビを外すべき。翻訳の問題ですな。　──閑話休題。
　そんなとき受けとった小包。開いてみると、ダイナマイトとそれにつながる短い導火線、火打ち石を使った発火装置。その中の封筒を抜き取り、あわてて家から走り出すドイルの後で爆発するダイナマイト。手に握り締めた封筒の表に記されていた文字はただ一つ。〝ELEMENTARY〟。
　のちにわかりましたが、その文字は二週間ほど前の＜タイムズ＞の記事の切り抜きに書かれていたもの。その記事は、イーストエンドで起きた若い女、結婚直後の女性が安ホテルのバスタブで溺死していた事件でした。
　駆けつけたスコットランドヤードの警官とちょっとやりとりし、無能とか愚かとか阿呆とかの形容詞ではとても表せない悪罵を投げつけようとしかけたドイルは、危ういところでこれをこらえ、自分こそ名探偵としてホームズに肩を並べる資格があると言わんばかりの警部補に言い放ちます。

　「警部補、きみに警察が対処すべき事件に本気で取り組むつもりがないようなら、わたし自身が捜査にあたるしかないだろう」警部補がなにも言いかえせずにいるうちに、アーサーは封筒をつかみ上げ、意気揚々と上着のポケットに押し込んだ。「わたしが演繹推理をおこなって、無力な若い花嫁を殺し、わたしを殺す企みに成功しかけた男の正体を突き止めよう。それをするのにきみの助けは不要だ。では、これにて」　（上巻P119）

　かくして、110年の時間をへて二つの殺人事件が起き、素人がその捜査をすることに。
　現代のハロルドがパートナーとしたのは、謎のセイラ・リンジー。ジャーナリストなのか、違うのか。そして過去のアーサー・コナン・ドイルがパートナーとしたのは、友人であったあまり売れていない劇作家、ブラム・ストーカー。

　現代のハロルドは、セバスチャン・コナン・ドイルを始め、ドイルの子孫である人々と出会い、不快な印象を受けます。しかしこれはフィクション。コナン・ドイルの子孫は、5人の直接の子供たちのみ。彼らは子供を残さなかったので、そこで直系の子孫は切れています。で祖父の名声だけで生きている傲慢な子孫はいません。これは安心できます。
　また、このドイルの失われた日誌については、2004年に高名なホームズ研究家のリチャード・ランセリン・グリーンが発見したと発表したのですが、ドイルの遠戚との所有権をめぐる論争のさなか死体となって発見され、いまだに未解決事件として宙に浮いているのです。この小説は、フィクションとファクトをさまざまに組み合わせています。

　始め、なんというか取っつきにくいところがあったのですが、中盤から加速が付いてどんどんのめり込んでいきます。さて、ドイルの日誌は本当にあったのか。過去の事件はドイルの心に何を残したのか。
　そして意外なセイラの正体。
　驚くべき結論。
　こりゃ、面白い。

　でも、あの二人はこの先どうなるんだろう。ほのめかしくらい欲しかったたなぁ。　（2017/5/28）

　読書メーターの記録より　　読了：2017/4/14＆15　