O020 キース・オートリー

作家番号： O020	キース・オートリー	Oatley, Keith
	国籍：イギリス	生没年：1939～

管理番号	書　　名		メ　　モ
O020-001	ホームズ対フロイト		1904年、ホームズの新たな冒険記

		Ver. 2.12

管理番号：O020-001	42 シャーロック・ホームズ・ノベル			出版社：光文社
書名：ホームズ対フロイト				ISBN4-334-76170-4　C0197
原題：The Case of Emily V.　（1993）			光文社文庫オ3-1
翻訳：東山あかね・熊谷彰		価格：781Yen	ページ数：510P		本のサイズ：文庫
初版発行：2006/6/20		購入：2006/6/17	表紙イラスト：斎木磯司

　シャーロック・ホームズとジークムンド・フロイトとの出会いは、1974年に発表されたニコラス・メイヤーによる「シャーロック・ホームズ氏の素敵な冒険」と言われます。このお話は、ホームズ・パスティーシュとして優れたものでしたが、歴史的背景を見るといささか問題があります。心理学的な掘り下げも、麻薬中毒に関する展開も、時代背景にあっていません。大陸をまたにかけた追跡劇など、単なる喜劇でしかない。

　それに対し、1993年に書かれたこの本は、心理学教授であるとともに多才で豊富な知識を誇るキース・オートリーの処女作です。書かれた年齢を考えると、ある意味で手すさび、ある意味で長年の夢の結晶と言えるのかも。

　いわゆるホームズもののパロディ、パスティーシュの範疇には入らない、とあとがきにあります。なぜか。
　近年のこういったホームズものに見られる特徴、つまり、ホームズの物語を追いつつ押し広げるのではなくて、ホームズの世界と時代を背景にした新しい物語であるという。
　この物語もたしかに範疇ですね。純粋にホームズ潭を楽しもうとするには、ちょっと掘り下げが深すぎる。広すぎる。

　フロイトとは、新時代を切り開いた精神医学者です。同時に、ユダヤ人でもある。
　彼をその時代背景とともに描くとなると、ヨーロッパの歴史を考えなくてはいけない。しかも、舞台を1904年におけば、時代は世界大戦へと駆け下る助走位置にある。
　国家の形態は変わり、人々の意識も変わっていく時代。
　こんな時代にホームズとフロイトが対決すれば、チンケな麻薬など吹っ飛んでしまう。

　実は、主人公はこの二人ではない。エミリー・ヴィンセントという女性です。年齢25歳。ウィーンの女学校で古典文学を教える教師。
　彼女の告白から、この物語は始まります。人を殺してしまったという。
　この女性の抱える問題は、おそらくは当時の女性の中で普通ではないにしても皆無ではない。あって不思議はない。そしておそらく今までは、時代の中で押しつぶされていたもの。
　しかし彼女は一人ではなく、サラ・ローゼンタールという頼りになる女性の友人がいた、という。そのもう一人が、ホームズの好敵手となるのでした。これが話を盛り上げます。名前からわかるように、ユダヤ系です。

　そしてもう一つ、この時代に世界の外交を大きく変えたもの、国家間の諜報戦があります。イギリス国家の影の重鎮となっていたマイクロフト・ホームズは、この任務の一部を弟シャーロックに任せたいと考えたのです。まあ、シャーロッキアンとしてはありがちなことかな。
　この任務を、自由に行動させることと気に入らない任務は拒否できる権利を条件にホームズは受ける。そして犯罪捜査に飽きて精神的に袋小路に入っていたホームズを案じるワトスン博士はこれを喜ぶと当時に、ウィーンに派遣されたその機会に精神医学の新説を掲げる新進の精神科医、フロイト博士をホームズと会わせようとします。
　ちょうどそのとき、心を病んでいたエミリーの診察記録をフロイトが書いていたところだったのでした。

　かくして、エミリーの日記とフロイトの診察記、そしてワトスン博士の事件簿が交錯する不思議な物語が誕生します。

　性的虐待を受けた娘、異常な性癖を持つ男、新しい心理学、新時代の諜報戦、「選ばれた民」ユダヤの人々、新しい愛の形。
　まさにこれは新時代のホームズ潭です。
　エミリーのくどくどしい自己弁解と、独りよがりなサラの説に、ちょっと辟易しましたけどね。(笑)　　　(06/10/14)