S128 C・J・サンソム

作家番号： S128	C・J・サンソム	Sansom, C. J.
	国籍：イギリス	生没年：1952年～
エディンバラ生まれ。バーミンガム大学で歴史学の博士号を取得後に法律を学び、事務弁護士として社会的弱者のために尽力。　弁護士シャードレイク・シリーズでＣＷＡ（英国推理作家協会）のヒストリカル部門と新人部門の賞にノミネートされ、二作目でＣＷＡ賞ヒストリカル・ダガーを受賞。　このシリーズは、2007年にＣＷＡ図書館賞も受賞した。

管理番号	書　　名		メ　　モ
S128-001 S128-002・003 S128-004・005	チューダー王朝弁護士シャードレイク暗き炎（上・下）支配者（上・下）		16世紀イングランド、不具の弁護士の推理と冒険

		Ver. 3.01

管理番号：S128-001

33 歴史小説・ミステリ

出版社：集英社

書名：チューダー王朝弁護士シャードレイク			ISBN978-4-08-760648-5　C0197
原題：Dissolution（2003）		翻訳者：越前敏弥
集英社文庫サ6-1	価格：1050Yen	ページ数：600P		本のサイズ：文庫
初版発行：2012/8/25	購入：2014/5/11	カバーイラスト：服部幸平カバーデザイン：松山はるみ

　16世紀、イングランド。主人公マシュー・シャードレイクは、国王ヘンリー八世の側近であるクロムウェル卿の部下で、弁護士。イングランド南東部の、ケントとサセックスの州境あたりにある修道院で殺人事件があったので捜査に行ってこい、とクロムウェル卿に命ぜられます。
　むろん、単なる事件捜査などではない。

初世エセックス伯トマス・クロムウェル（Thomas Cromwell, 1st Earl of Essex）
1485-1540/7/28

　イングランド王国テューダー朝の政治家。ヘンリー8世に側近として仕え、イングランドの宗教改革や「行政革命」を主導した。

　この裏には、当時のイングランドがかかえる宗教問題、政治問題がありました。
　当時ヘンリー八世は、ローマカトリック教皇に反旗を翻して妻アン・ブーリンと再婚し、しかも処刑した直後。王室の財政のため、国内のカトリック教会、修道院の広大な領土をさまざまな理由をつけて没収しようとしています。しかし、中世の王だからといってむやみに教会をつぶすことはできません。教会によって社会が成り立っている時代ですし、イングランドの教会が一応王に忠誠を誓っているし、なによりタテマエであっても法というものがある。
　そこで、修道院の堕落を追求する、という名目を立てた王の腹心であるクロムウェル卿は、修道院に手の者を派遣し、圧力をかけて破滅に追い込んで没収するという策を取りました。当時の修道院が、不可侵の特権を振りかざして、まやかしの奇跡、偶像崇拝、教皇への忠誠などをひそかに行うと共に、その堕落も目を覆わんばかりのものとなっていたこともあり、この政策は着々と進みます。
　その中で、スカーンシアの聖ドナトゥス修道院にロビン・シングルトンという弁護士、法務官を送りこんだのです。
　このシングルトンが、頭部を切り落とされたというしらせがクロムウェル卿にこっそり届きます。
　修道院が正面切って国王の代理人に牙を剥いたとは考えられません。それは、あからさますぎる反逆行為になり、修道院をつぶすいい口実になってしまう。しかし、正面切ってではないにしろ、修道院内で何らかの陰謀があった可能性があります。
　そこで、背が曲がった不具者であるために聖職者への道を閉ざされたが、法を学び優れた判断力を示した弁護士であるわたし、マシュー・シャードレイクがその捜査を命ぜられたというわけ。わたしは、実家の農場を切り盛りする管理人の息子、マーク・ポアを従者兼助手としてイングランド南海岸にむかいます。

　「薔薇の名前」のお話は1327年でした。こちらは1530年代後半なのですが、どこか同じような雰囲気です。
　どちらも主人公は、事件の起きた修道院とある程度関わりはあるものの、アウトサイダー。若い未経験な助手を連れて、因習と固陋な権威の盾に秘密をかかえた修道院の謎に挑む。
　いいなぁ、こんな設定。陳腐でなければね。二番煎じを狙った単なる模倣は困る。
　しかしこの本、面白い。買って損はなかった。

　若くて無鉄砲で奇妙に理想主義なマークに手を焼きながら、わたしシャードレイク弁護士は修道院の敵意の視線の中を探索します。
　無残に頭部を切り落とされたシングルトンの死体を見おろし、贅沢な飽食生活で肥満している怠惰な修道院長フェビアンに着任を報告し、厳格な副院長モーティマス、男色の前歴がある聖具係ゲイブリエル、規則にこだわる目つきがきつい出納係エドウィグ、肌の黒いムーア人の施療係ガイ、そしてその他の人々と会話を交える。敵意、好奇心、単なる不満。好意。心になにを宿しているのか、わからない。ここは王の代理人としては敵地。
　施療所で下働きをするアリスという若い女の存在も、気になる。
　いかさまの聖遺物。偽造された記録。トリックのある奇跡。修道院の腐敗。
　その陰で、いったいなにがあったのか。
　海の向こうの不倶戴天の敵フランスは、この事件にいったいどう関係があるのか。

　カトリックの修道院が、王の名の元に国家のものとして取り壊されていくイングランドの歴史の中で、身障者として自己嫌悪と劣等感に身を焼きながら、シャードレイクの捜査は続きます。シャードレイク自身への陰謀や信頼していたマークの離反など、いくつも打撃が加わりますが、屈せずに続けた探求の果てに、彼が見たものは。

　ほう、面白い。規模からいってこんな歴史があったとは思えないけれど、でもあり得たかも知れないと思わせる作者の手法は、見事。
　心に深い傷を負ったシャードレイクの、次の冒険が楽しみです。（2014/10/24）

		Ver. 3.01

管理番号：S128-002・003

33 歴史小説・ミステリ

出版社：集英社

書名：暗き炎（上）	チューダー王朝弁護士シャードレイク		ISBN978-4-08-760670-6　C0197
原題：Dark Fire（2004）		翻訳者：越前敏弥
集英社文庫サ6-2	価格：800Yen	ページ数：400P		本のサイズ：文庫
初版発行：2013/8/25	購入：2014/11/6	カバーイラスト：服部幸平カバーデザイン：松山はるみ

書名：暗き炎（下）	チューダー王朝弁護士シャードレイク		ISBN978-4-08-760671-3　C0197
集英社文庫サ6-3	価格：800Yen	ページ数：392P		本のサイズ：文庫
初版発行：2013/8/25	購入：2014/11/6	カバーイラスト：服部幸平カバーデザイン：松山はるみ

　前回のお話から数年後の1540年春。亀背（きはい）、つまり背曲がりの障害を持つわたしマシュー・シャードレイクは、農場主ジョーゼフ・ウェントワースから仕事を依頼されます。姪であるエリザベスを救って欲しいという。
　エリザベスは、ジョーゼフの弟ピーターとその妻が死んだので孤児です。ジョーゼフのもう一人の弟、爵位もある織物業界の大物エドウィンに引き取られました。エドウィンには同じ年頃のサビーヌ、エイヴィスの二人の娘と幼いラルフがいたので、一緒に育てられることに。
　しかしこの腕白なラルフが使っていない井戸の底で死んだという。しかも、娘たちの証言に拠ればエリザベスとの口論のあとに。
　容疑者として逮捕されたのち、エリザベスは一言も喋らない。頑なに沈黙を守っているのだそうな。このままでは、口を割らせるために「尋問」にかけられることになる。
　シャードレイクはジョーゼフに、心ならず説明する羽目に。

　「ペイン・フォート・エ・デュール。苛酷な拷問です。ニューゲートの監房に連れていかれ、鎖でつながれて床に寝かされる。背中の下には鋭くとがった大きな石が、体の上には板が置かれる。その板の上に重石がいくつも載せられる」
　　　・・・
　「食糧と水はごくわずかしか与えられない。日々、重石が追加されていく。エリザベスが口を割るか、重石の圧迫で窒息死するまで、それがつづく。重石が増えると、やがて背中の下に置かれた石によって背骨が砕ける」（Ｐ26-27）

　ことさらにこれが残酷なわけではない、苛酷な時代だったのです。淡々とこういう時代の制度を描くのは、作家のリアリズムなのか。

　この尋問というか拷問にかけたら、少女の命はない。冷淡なピーターの家族に業を煮やしているジョーゼフはシャードレイクに泣きつきますが、何しろ時間がない。いまからでは、調査を始める前にエリザベスはニューゲートに送られることに。
　そこへ、ジャック・バラクという男が現れます。前回の事件いらい三年も会っていないクロムウェル伯爵の密偵なのだそうですが、こんなことを伝えてきます。

　「頼み事があるらしい」バラクは眉を吊りあげ、大きな茶色の目で横柄にわたしをじっと見据えた。「あの娘の残り二週間ぶんの命があんたへの報酬だ。前払いのな」（P79）

　王に仕える緊張からか、めっきり白髪が増えて険しい表情になったクロムウェル伯爵は、彼を取り巻く陰謀について話してから、こう切り出します。

　「マシュー、ギリシャ火薬について聞いたことはあるか」
　「さあ」わたしは眉をひそめた。「名前になんとなく聞き覚えはありますが」（P92）

　ギリシャ火薬とは、かつて滅びた東ローマ帝国の秘密兵器。敵のフネや兵器を焼き尽くす液状の投射兵器だったと言われますが、その実体は不明。東ローマ帝国滅亡とともに失われてしまったもの。錬金術師の夢の一つでした。
　その謎が、発見されたらしい。
　これを国王に示せば、クロムウェルのいささか不安定な地位は確保できるはず、ということ。そのために、シャードレイクを選んだというのです。期限は、エリザベスの命と同じ二週間あまり。それを過ぎたら、クロムウェルの命運も尽きる。

　密偵だったというユダヤ人のジャック・バラクを助手として、シャードレイクは気は進まないながらもこの調査に取りかかります。むろん、エリザベスの事件の捜査も。
　やがてわかってきます。ギリシャ火薬と呼ばれるものが、その本質は謎ながらもどういうものなのか。
　裏切り者はいったい誰なのか。
　エリザベスを取り巻く親族たちの恐るべき秘密とはなんだったのか。

　暗き炎 Dark Fire とは、まずギリシャ火薬のことでしょう。しかしこの言葉は、国王ヘンリー八世を取り巻く人々の爛れきった人間模様を示す言葉かもしれません。そしてスケールは小さいながら、エドウィン・ウェントワースの家の中に潜んだおぞましいものを表す言葉でもあるかもしれない。
　すべてが明らかになったあと、シャードレイクが落ちていった暗い闇にうずまいていたものかもしれない。

　ただ一人我が道を行ったヘンリー八世は、肖像の顔でときめいたものの似ても似つかない顔（とその体臭）で幻滅した王妃アン・オブ・クレーヴズとの離婚を無事にはたし、49歳の自分の年よりはるかに若い19歳のキャサリン・ハワードと結婚します。傍若無人な国王は我が道を進み、歴史は静かに進んでいきます。

　シャードレイクは失意の中でひっそりと生きることを選びます。彼がようやく救った少女の感謝の言葉を胸にして。
　お話としては尻つぼみかもしれませんが、ほっとする終幕でした。（2015/5/9）

		Ver. 3.01

管理番号：S128-004・005

33 歴史小説・ミステリ

出版社：集英社

書名：支配者（上）	チューダー王朝弁護士シャードレイク		ISBN978-4-08-760694-2　C0197
原題：Sovereign（2006）		翻訳者：越前敏弥
集英社文庫サ6-4	価格：940Yen	ページ数：480P		本のサイズ：文庫
初版発行：2014/11/25	購入：2014/11/21	カバー画：Bridgeman Image/アフロカバーデザイン：松山はるみ

書名：支配者（下）	チューダー王朝弁護士シャードレイク		ISBN978-4-08-760695-9　C0197
集英社文庫サ6-5	価格：860Yen	ページ数：416P		本のサイズ：文庫
初版発行：2014/11/25	購入：2014/11/21	カバー画：Bridgeman Image/アフロカバーデザイン：松山はるみ

　引き続いてシャードレイクの次の巻を。

　前回の事件の翌年、1541年、国王ヘンリー８世は北部イングランドへの大巡幸を行います。これはあくまで王の問題であって、シャードレイクのように市井の人々を相手とする弁護士には関係のない話、と思っていたもの。しかし、そうはいかなかったのでした。

　ロンドンでトマス・クランマー大主教から呼び出しを受けます。この大主教はかつてクロムウェルの盟友でしたが、クロムウェルが失脚し処刑されたのちもなんとかヘンリー王の信頼を得ており、イングランド北部の反乱事件ののちロンドンの留守を守る役目を果たしています。
　カンタベリーの大主教であるこのクランマーから、シャードレイクは国王が巡幸するにあたり巡回裁判を弁護士として裁くように依頼されます。名誉と大きな謝礼が出る仕事です。50ポンドだという。
　父が田舎でひっそりと死に、その借金を返すためもあってシャードレイクはその仕事を引き受けることに。
　しかし、ついでにと言って依頼された仕事がありました。実はこちらの方が本命なのかも。北で反乱を起こした謀反人のひとり、エドワード・ブロデリック卿と言う男が捕らえられ、ヨーク城の牢獄に拘禁されているのだそうです。この男が無事にロンドンまで着けるように監督して欲しいという。
　この囚人を監視しているフルク・ラドウィンターと言う男は信頼できるのだそうですが、異端者の看守と尋問係の経験があり、いささか仕事熱心すぎる傾向があるのだそうな。そのため、厳しく処することで殺しかねない。そこで第三者としてブロデリックの身の安全に気を配るひとが必要と考えたらしい。
　二つも仕事をかかえてやれ面倒な、と思ったのもつかの間、着くなりガラス職人が目の前に落ちてくる事件に遭遇。この道何十年の職人が梯子から落ちるというありえないような事故でしたが、その上さらに困ったことに、助け起こそうとするシャードレイクの耳元に、彼は力を振り絞ってこうささやいたのでした。

　「こ──国王は」オールドロイドは震える声でささやいた。
　「国王がどうした。何が言いたい？」胸の奥で心臓が激しく波打つせいで、わたしの声も震えている。
　「ヘンリーと──」オールドロイドは苦しげに言い、咳きこんで血を吐いた。「ヘンリーとキャサリン・ハワードの子は──断じて──正統な王位継承者ではない！」（上巻・P101）

　そして　「ブレイボーン」という名をささやいて息絶えました。
　これはいったいどういう事なのか。これは反逆の言葉だし、こんな事が広まったら反乱が鎮圧された直後のこの地方に、再び火を付けることになってしまう。そうなると、これは事故ではないのか。
　しかも、忙しいときにこの面倒はどういうことだとばかり、この地方の治安を守る役割のウィリアム・マレヴラー卿にこの件の捜査をするようにと命ぜられてしまう。

　かくしてシャードレイクは、前回より引き続き助手をしているジャック・バラクとともにこの事件に取りかかることに。

　この本に描かれるヘンリー八世の時代は、現代人から見て汚い。不潔。リアルな描写から、臭さまで伝わってきそう。
　そして、無情で残酷です。両手を鉄枷で拘束して鎖でぶら下げ、すさまじい苦痛に死ぬまで放置する。尋問という名で容赦なく骨を砕き、関節をつぶす拷問を行う。湿った掃除もしない牢獄に放置し、腐った藁の中で虫だらけで眠る。
　その拷問に、なんとシャードレイク自身がかけられることに。これは読んでいる読者も怖くなる。震えます。
　そう、生々しい。この時代は、こういうものだったのだろう。そんな中でも、人々は生きていたのですよね。
　過去が悲惨だとしても、現代の人間の視点で判断してはいけませんよ。

　いままで亀背という病のためにコンプレックスを抱き、あきらめとともにいささか卑屈になっていたシャードレイクが、嘲られて激昂する場面があります。ほう、彼にこんな面もあったんだね。殴りかかってもあっさりとねじ伏せられてしまういじめられっ子なのですが。
　それというのも、ここヨークで始めてヘンリー王に謁見する光栄に浴した際、みなの面前で国王に嘲笑されて恥をかかされたことが原因ですが、それはそれ。
　ヘンリー八世をこういう酷薄な姿で描写するのも、不快ですが作者の歴史解釈として同意できます。これもありかな。面白い。

　さて、危険な囚人の監視という面倒な仕事から始まり、小さな恋の陰謀からかつて彼が判決に参加して不幸にしてしまった老夫婦の救済、老弁護士の世話など、さまざまな面倒を抱え込んでいくシャードレイク。しかし、謎めいた陰謀が次々と姿をあらわします。周囲すべてが怪しい。いったい過去に何が起きたのか。
　まさかこれが、イングランド王家の根幹に繋がる謎に至るとは。
　背曲がりの弁護士はこの中でどうやって生き延びたのか。謎は解けるのか。　──面白い。

　次の巻が早く刊行されますように。これ、是非とも次も読みたい。（2015/5/11）