S156 佐々木雄一

作家番号：S156	佐々木雄一	ささき・ゆういち
	国籍：日本	生没年：1987年～
東京都生まれ。2011年、東京大学法学部卒業。16年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士（法学）。　日本政治学会・企画委員会委員。日本国際政治学会・企画・研究委員会委員。教科用図書検定調査審議会専門委員。東アジア近代史学会・常任理事。　明治学院大学法学部准教授（2022/4）

管理番号	書　　名		メ　　モ
S156-001	陸奥宗光		いつも無遠慮に敢然として「ノー」と云えた人

管理番号：S156-001

51 伝記・一代記　

出版社：中央公論新社

書名：陸奥宗光

「日本外交の祖」の生涯

ISBN978-4-12-102509-8　C1221

中公新社 2509

価格：900Yen

ページ数：306P

本のサイズ：文庫

初版発行：2018/10/25

購入：2021/11/20

写真：国立国会図書館

　むかしNHKで、「明治の群像海に火輪を」というドキュメンタリードラマがありました。調べてみると、放映されたのは1976/1/29-12/23だそうな。明治時代の、主に政治家たちの苦闘を描いたもので、その中で陸奥宗光を石坂浩二さんが演じていました。その中で、陸奥宗光を「孤高にして狷介」と評していた記憶があります。
「陸奥宗光」佐々木雄一

　その言葉の意味を調べ、なるほどそういう人なのかと興味をもちましたっけ。

　はじめに　はこんな文章で始まります。

　「明治もので映画になる人物は無いか」
　大正デモクラシーの旗手にして明治史研究の先駆者であった吉野作造(よしのさくぞう)は、映画に携わる人物からこのように尋ねられ、陸奥宗光(むつむねみつ)の名を挙げた（「日記」昭和5〔1930〕年8月19日）。
　陸奥宗光と言えば、条約改正や日清戦争において日本外交を導いた外務大臣として知られる。おそらく日本史上、最も有名な外務大臣だろう。ただそこに至るまでの道のりは平坦ではなく、映画の題材にどうかと言われるくらい、まさに激動の人生だった。明治から昭和に至るまで第一線で活動した言論人・ジャーナリストの徳富蘇峰は陸奥の一生を、「小説よりも奇なる生涯」と評し、「如何(いか)なる奇想天外より出る小説家でも、彼の生涯ほどの波乱多き、変化多き生涯を、空中に描き出すことは出来まい」と記している。（『我が交遊録』）。（Pi）

陸奥宗光(むつむねみつ)
1844/8/20-1897/8/24
日本の幕末の武士。明治期の外交官、政治家。位階勲等爵位は、正二位勲一等　伯爵。

　江戸時代までの通称は陽之助(ようのすけ)。版籍奉還、廃藩置県、徴兵令、地租改正に多大な影響を与え、第2次伊藤内閣の外務大臣として領事裁判権の撤廃に成功し、「カミソリ大臣」の異名を持った。

　陸奥は、天保15（1844）年、当時の暦で7月7日に、紀州和歌山の伊達藤二郎宗広（千広(ちひろ)）とその妻政子(まさこ)の間に生まれました。幼名は牛麿(うしまろ)（あるいは牛丸）、次いで小二郎(こじろう)または小次郎、陽之助、のちに宗光。

　「父宗広を見ずしては、子宗光の人物材幹も機略も鋭鋒も到底理解することが出来ない」（渡邊磯治郎『陸奥宗光伝』）との評もあるように、陸奥の人生を語るとき、父宗広の人となりから説き起こすのが通例となっている。その父子の生涯には、高い行政手腕、学究的側面、自身の才を頼りとした出世、そして失脚、と驚くほどの類似性が見られるからである。（P3)

　伊達宗広（1802-1877）は、叔父である伊達盛明の婿養子となり、紀州徳川家藩主徳川治宝(はるとみ)の小姓として300石で出仕します。その後勘定奉行にまで累進して800石取りにまでなりますが、嘉永5（1852）年に隠居していても隠然たる権力を行使していた治宝が亡くなったのち、粛正の対象となって失脚し田辺城主安藤直裕（紀州徳川家付家老）にお預けとなります。跡目を継いだのは陸奥の義兄・伊達宗興(だてむねおき)（1824-1898）ですが、彼も翌年改易に追い込まれます。嘉永6年とは、まさに黒船来寇の年。
　宗広は吏僚としての才覚と共に、学問にも通じた人として名が通っており、国学・歌学に優れ、政治・行政の第一線で活躍していたさなかに書いた『大勢三転考(たいせいさんてんこう)』は明治以前の日本有数の史論とされました。失脚したのち家族とともに転々としますが、明治2（1869）年に許され、宗興も紀州藩の執政に抜擢されます。宗広は大阪に移り住んだのち、明治5（1872）年に陸奥の勧めで東京・深川の陸奥邸に移り、悠々自適な晩年をすごしました。
　彼は晩年、政治に傾倒し健康を顧みず働きづめの陸奥を心配したのか、息子に宛ててこんな文章を残しました。

　「才学ありて世の志あり、殊(こと)に感触を帯する身は、昼夜思慮の間断なく、知らず知らず意識労困し、身体安泰を得ず。〔中略〕丈夫世にたつ、身を保つをもて第一とす。養体の妙は愛憎の妄思慮を除くにあり」（P84）

　しかし、陸奥は父の言葉を聞きつつも、我が身より国家を優先し、寿命を縮めてしまったのでした。

　陸奥宗光と坂本龍馬との出会いは諸説あり、文久3（1863）年といわれていますがその経緯はさまざま。とはいえ勝海舟の門下であった坂本との出会いと海援隊での異色の活躍が、のちの陸奥の母胎となります。
　陸奥が陸奥姓を使うようになったのがいつかは明確ではありません。零落していた頃中村姓を名乗ったこともありますが、これも「陸奥」もすべて祖である伊達家に縁のある姓で、偽名ではない。伊達の家を義兄が継いだことで憚ったのか。

　勝の海軍塾や海援隊での陸奥小次郎が、小才子と呼ばれ口舌の徒、「嘘つきの小次郎」と罵られたのは有名な話。
　胆力を練って功名を挙げることを重んじる志士にとって、才覚で世を渡ろうとする小利口な者は嫌われる世の中でした。しかし陸奥は、腕力ではなく智、地縁や血縁では無く能力を尊重すべきという考えを終生持ちつづけます。そしてそれを理解し、右腕として使ってくれた坂本に心酔しました。
　坂本の死から十数年後、当時失脚し獄中にあった陸奥は、坂本の言を「至極の名言」と評しています。

「人苟(いやしく)も一個の志望を抱けば、常にこれを進捗(しんちょく)するの手段を図り、苟も退屈の弱気を発す可からず、仮令(たと)い未だ其(その)目的を成就するに至らざるも、必ず其之に到達すべき旅中に死すべきなり、故に死生は到底之を度外に置かざる可からず」（「面壁独歩」）

　ここで説かれているような、「志望」に献げる献身や情熱というのは、幕末に往々にして見られた熱狂とは異なる。政治とは何か、政治家に求められる資質とは何かを語る際によく参照されるマックス・ウェーバーは、興奮は真の情熱ではないと指摘する。そして、「政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力を込めてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。〔中略〕自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が──自分の立場から見て──どんなに愚かであり卑俗であっても、断じて挫けない人間。どんな事態に直面しても「それにもかかわらず！」と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への「天職」を持つ」と論じている。（『職業としての政治』）。陸奥が思い描く坂本像がまさしくそれであったし、陸奥もまた獄中の自分に、「人苟(いやしく)も一個の志望を抱けば、常に之を進捗するの手段を図り、苟も退屈の弱気を発す可からず」と言い聞かせ、そのような人生を歩もうとしたのだった。（P39-40）

　それが、陸奥宗光という人物の生きざまになったのだという。

　新政府に仕官した陸奥に、一つの特徴があります。
　25歳で出仕した陸奥は、伊藤博文、井上馨、寺島宗則、五代友厚、中井弘らと共に「外国事務局御用掛」に任じられました。このとき、年齢・経歴・渡航記録・語学などで劣っていた陸奥は、彼らのように「判事」になった訳ではなく「権判事」つまりひとつ下のだったのでした。

　しかし陸奥はそのわずかな差が許せず、早くも四月、辞職願兼意見書を提出した。陸奥派の力のない者が僥倖で重任を担い、あるいは門地によって登用の有無が決まるなどという事があっては新政の一大事であるとする。そして。もとより現在その遷任に誤りはないだろうが不才の自分のような例もあるので、と続け、能力不足を理由に辞職したいと記した。もちろん、陸奥は本心では不相応の重任を与えられているなどとは思っておらず、そのように書くことで、能力本位の人材登用が行われていないと訴えたのである。辞職する、あるいは辞職の構えを見せるというのは陸奥がこの後何度も取る政治行動で、これはその初回だった。（P44-45)

　結局この時辞職せずすみましたが、藩の後ろ盾を持たない、しかし自分の能力に自信を持っている陸奥は、常に自分を認めさせるためのアピールを行う人でした。

陸奥亮子(むつりょうこ)
1856/11-1900/8/15
明治時代の政治家・外交官だった伯爵・陸奥宗光の妻。

　陸奥宗光の後妻であり、糟糠の妻。駐米公使となった宗光と共に渡米した際は、その美貌、個人的魅力、話術によって第一等の貴婦人と謳われ「ワシントン社交界の華」「駐米日本公使館の華」と称された。

　このころ、陸奥には友人というより同志と言うべき人がいました。陸奥より3歳年長で、28歳にして兵庫県知事になっていた伊藤博文。彼はそののちの明治4（1871）年に岩倉使節団に副使として参加して明治政府の中枢を歩む人物ですが、この伊藤との出会いと交流が、坂本龍馬とはひと味違う形で陸奥を育てます。

　「海に火輪を」のドラマで出てきた陸奥の最初の登場は、明治23（1890）年）に駐米公使の任を解かれて帰国するシーンから。山県内閣での農商務大臣を約束されて帰国したのに、西南戦争の時にクーデター計画に参画して国賊として投獄された前科のため大臣とは出来ない、と山県に言われ激昂する場面があったと記憶しています。
　このとき公使として伴ったのが妻・亮子（右）。この写真は、何度見てもいい。(笑)
　大臣就任については、上記理由ではなく彼の人となりに絡むものだった、とこの本では書かれています。その方がわかりやすい解釈ですね。能力があることはわかっているが、どうも彼はトゲがあってなァ、といったところか。
　紆余曲折の末、組閣から半年後に行われた閣僚数名の交代の中で、無事に陸奥は山県内閣において和歌山県からの初めての大臣となり、さらに翌々年、在任中に第1回衆議院選挙で初当選して、閣僚にして衆議院議員である政治家第1号となりました。

　「海に火輪を」のドラマで次に印象深かったのは、大津事件の時の陸奥の対応。
　山形の次に松方正義が首相となった明治24（1891）年5月、ロシア皇太子ニコライを警察官の津田三蔵が抜刀して襲い負傷させるという大事件が起きます。刑法上では殺人未遂であるため、犯人には最高刑でも無期懲役しか問えない。しかし大国ロシアの皇族を傷つけてその判決ではロシアを侮辱することにならないか、などが政府内でささやかれ、混迷しました。
　このときドラマで、陸奥が政府内で隠然たる発言力を持っていた伊藤博文を深夜訪問し、殺して病死したことにしてはどうかとささやきます。伊藤は唖然とし、（鐵太郎の記憶によると）「貴公、昔の大逆罪の時のくせがまだ残っているのか！」と陸奥を怒鳴りつけました。
　ここはフィクションだろうな、と思っていたのですが、経緯に多少違いはあるけれどどうやら本当らしい。

　外務大臣（就任・明治27（1894）年）となった陸奥の最初の仕事は条約改正でしたが、ここで著者の佐々木氏は、いわゆる英雄的な大仕事という捉え方はしません。
　当時駐英公使として英国との窓口になるのは大津事件で引責辞任した前外相の青木周蔵であり、彼は外相時代に培った対英コネクションを活用し交渉を進め、陸奥の仕事は国内対応が主であったといいます。

　大国を相手に策を駆使して条約改正にこぎつけた、というのが一般的な「陸奥外交」のイメージだとしたら、残念ながら、そのような事実はない。陸奥の寄与は、もっと地味である。しかしそれは、誰が外交を担当しても結果は同じだった、と言うことを意味しない。イギリスとの新条約締結まで内閣が内紛を称させることなく持ちこたえたというのが、直接的には条約改正達成の最大の要因であり、そこにおいて、陸奥の働きはまぎれもなく、必要不可欠であった。（P196）

　･･････即断即決、快刀乱麻ではなく、研究と準備こそが陸奥の真骨頂であるというのは、息子の広吉も述べている。そして条約改正は、外務次官として陸奥を支えた林董の言にあるように、まさにそうした陸奥の特性が功を奏した取り組みであった。（P197）

　日清戦争における陸奥の役割は、従来、戦争は不可避と考えた陸奥が陸軍参謀次長の川上操六らと語らい、平和主義の伊藤博文を欺すかたちで過大な兵力を朝鮮に持ち込み、和戦両面に対応できる万全の体制をつくって次々と的確な判断を行い、戦争に持ち込んだように解釈されています。
　しかしどうなのか。そのイメージは正しいのか。著者は疑問を投げかけています。陸奥の自叙伝である『蹇々録』の記載について、従来これは第一級の外交史料とされたものですが、

　『蹇々録』の記述に多くの脚色やウソがあることもわかってきている。（P201-202）

　とまで言い切っています。
　完璧な外交リーダーなのではない、と。

　先々の展開を見通して次々に的確な判断を下していったと捉えるかつての「陸奥外交」像は、過大評価である。ただ、百発百中式の見方を否定して、全体的に失敗が続いたかのように論じるというのもまた、極端に振れすぎている。
　陸奥は、限られた経験と情報に基づいて刻々と変化する情勢に対処していたのであって、ときに失敗や御算が生じるのは当然だった。そのうえで、近代日本のさまざまな政治・外交指導者と比較して、このときの陸奥の情勢分析や各方面における判断をどのように評価できるかと言えば、それはやはり、総じて適確であった。「陸奥は即断し、時として当たり、時として誤る。誤りて窮地に陥り、之を脱する際に最も才能を発揮す」という陸奥評がある（『同時代史』）。そのあたりが、陸奥万能論的なかつての「陸奥外交」像とそれに対する批判を超えた先にある、等身大の陸奥の日清戦争指導の姿である。（P202-203）

　なるほど。

　陸奥と伊藤博文の関係について、いくつか語られています。
　明治初年以来、二人は互いの能力を高く評価し、伊藤首相・陸奥外相の時代に良きパートナーとして最良の時を得ました。日本が雄飛を始めた時期と重なっていたことは、日本の政治史・外交史に計り知れない利を与えます。
　しかしそれは、たとえば伊藤・井上馨の友情とか、陸奥・原敬間の信頼とは異なるもので、ある種の緊張感があった、と著者は言います。日清戦争が終わり、三国干渉が一段落したときにそれは顕在化したのだ、と。
　外交を一本化し、外務大臣・外交官・外務省の専権事項と考えた陸奥は、1895年9月に三国干渉への対応で、清国の李鴻章が伊藤博文に打開策を提案した際、日本外務省を飛ばして首相と直接交渉しようとした、情理で事を進めようとする李鴻章の東洋的発想を嫌い、伊藤に翻意させたことがあります。また日清戦争後も、首相を辞任したい伊藤を陸奥は、西園寺公望や山県有朋と組んで押さえこんだりもしました。

　ありていに言えばこの頃陸奥は、伊藤につき従うことで台頭していくという方針を捨て、次なる飛躍を目指し始めていたのだった。（P243）

　しかし、彼の体調がそれを許さなかった。
　
　『蹇蹇録』執筆後、政界に復帰できないのではと言う不安を抱えつつ、なおもさまざまな政治活動を続けますが、ついに明治30（1897）年8月、肺結核のため東京・西ヶ原の陸奥邸で死去します。享年54。
　この父を畏敬し、敬愛し、反発した息子広吉（1869-1942）は、こんな評を残します。

　「政治以外殆ど他の趣味を有せず、極めて利欲に淡懐にして、朝野何れにある場合も、海外歴遊の日も、囹圄(れいご)〔=牢獄〕に呻吟(しんぎん)す間にも、而して又病床に横臥する時においても、常に孜々(しし)として政治問題の考究を怠らなかったのである。読書は大に好む所であったが、それも亦主として政治研鑽の目的であったと思う。〔中略〕能く乱麻を断ち得たのは必ずしも鋭利なる快刀があった為ではない。予て深く心に切り方を研究して居ったからである。諸事に用意周到であった為に、粗心策腕家の出来ないことを仕遂げたのである。自分が正直にして注意深く、勉強家であった為に、他の不正直、不注意、不勉強を仮借し得なかった。その心持を以て、随分手厳しく他に対したのである。父はよく云った、日本人には「ノー」と云うことの出来るものが少なくて困ると。蓋し自身は、「イエス」よりも多く「ノー」と云った。少なくともたしかに「イエス」と云うことの出来ぬ場合には、一時遁れ乃至妥協的に「イエス」と云わず、いつも無遠慮に敢然として「ノー」と云った。それを誠実の行為と信じたのである」（P274-275）

　この人が、健康を回復してあと10年寿命があったら、なにを日本に残しただろうか。
　少なくとも、もっと良い方向に持って行ったのではないかと期待が持てる人だったのではないか。
　孤高にして狷介、この人だからその姿を貫けた。
　墓は今、鎌倉市扇ガ谷の寿福寺にあるそうです。（2025/2/2）
　
　読書メーターの記録より　　読了：2022/1/29 　