S050 須藤幸助

作家番号：S050	須藤幸助	すどう・こうすけ
	国籍：日本	生没年：大正7(1918)年～？
小田原市生まれ。昭和14年1月、現役徴集で横須賀海兵団に入団。　昭和14年5月、駆逐艦五月雨に乗り組み、発射幹部付。16年12月、義務服役が延期。18年11月、海軍二等兵曹。19年8月、五月雨座礁により退艦。19年11月、海軍一等兵曹。　戦後復員ののち、商業に従事。

管理番号	書　　名		メ　　モ
S050-001	駆逐艦五月雨		兵、下士官として駆逐艦で戦った手記

		Ver. 3.04

管理番号：S050-001

52J 戦史・戦争ノンフィクション(日本)　

出版社：朝日ソノラマ

書名：駆逐艦五月雨			ISBN4-257-17097-2 C0131
航空戦史シリーズ97	価格：580Yen	ページ数：316P		本のサイズ：文庫
初版発行：1988/1/20	購入：1988/1/15	カバー絵：生頼範義

　この本は、第一戦で戦った海軍軍人の手記を元に書かれた戦記です。しかし、司令官や高級参謀のものではありません。士官のものですらない。徴兵されて海軍に入り、下士官に昇進した一人の兵隊のものです。
　最初昭和31(1956)年に鱒書房より『進撃水雷戦隊』という名で刊行されました。それから20数年後の昭和54(1979)年に永田書房より自費出版で再刊するとき、『駆逐艦五月雨』と題名を改めたそうです。文庫化されたとき、仮名遣いを一部訂正されたそうな。

　書かれていることは、須藤氏が従軍中に取ったノート、日記を元に書かれています。
　普通、艦船などでは日記をつける者はあまりいなかったのだそうです。読書をする者はいたけれど、日記はやってもすぐに飽きてしまうのだそうな。
　ところが須藤氏は、こういうことが好きだったらしい。しかも配備された部署が発射管付きという艦橋配備で、水雷指揮官伝令も兼ねていたため、艦の行動も味方の動きもわかりやすかったのだそうな。しかも分隊事務を受け持たされていたため士官室から艦の戦闘速報、戦闘詳報などのプリントを作らされたことも多かった上、電信、信号関係の者と親しかったのでさまざまな情報を知る立場だったのだそうです。
　むろん軍隊ですから、そういう情報をむやみに持ち出すことは出来ません。そこで彼は、両すねにノートを巻き付けて縛り、衛兵の前を戦々恐々として実家に持ち帰ったのだそうです。家において包みに入れ、「開封厳禁、死後焼却」と書いて保管しておいたとか。
　復員後、それを見ているうちに、無知な一兵卒の記録だけれど後世のために残すべきではないかと思ったのだそうな。

　五月雨の駆逐艦長は、歴代で8人います。しかし須藤氏の乗艦時代では5人。そのうち須藤氏は、たった一人、最初に仕えた松原瀧三郎少佐の名前のみをこの本で出しています。そして巻末に、昭和32年に松原氏へ出した手紙を乗せています。ただ一人、信頼できる艦長だったのでしょうか。
　環境で勤務に立つ須藤氏は、この艦長のこんな場面も見ています。

　いつも艦橋で食事する艦長に従兵が夕食を持って来ると、艦長は傍らに盛ってあった麦が真っ黒でボロボロな信号兵の飯と自分の白米とを交換した。──戦争している現在、兵隊は食事について大きな声で云々するのははばかっていたが、今の本艦の主計長は決して誠意をもっているとは思えなかった。材料乏しく、その上暑い烹炊所で働く主計兵の苦労には同情するが、不足なりにもう少しなんとかなりそうなものだと語っていた。艦長はやがて掌水雷長を呼んだ。主計科士官のいない艦では、掌水雷超がその職務を代行することになっているのだ。
　「横須賀に帰ってうまい物を食わせたって兵隊は食やしないからネ。何もなかったら缶詰でもどしどし切って食わせないでどうするかね。兵隊の食事はこれで十分とは決して言えないと思うがねえ」
　兵食といっても、いいところばかりを選んで盛られた点検食しか食ったことのない掌水雷長は、赤面して引き下がった。（P67）

　艦長といえど、艦内の細かい運営については、管轄の士官下士官を飛び越して口を出すことがない、というより、強権的に口をはさむことで返って下の者に迷惑を与えることを承知していた艦長が行った、やんわりとした指摘。

　駆逐艦は戦艦や巡洋艦と違って規律もうるさくなく苛めも少なかった、と言う人がいます。日本人の、というか人間の本質を理解していません。軍隊という、階級や年功がちょっとでも上であれば天下無敵で威張り散らすことが出来た組織の中で、いたわり合い和気あいあいと戦争をしていたことなどあるはずもない。むしろ、戦闘のさなかであっても下の者を踏みつけにする行為は頻繁だし腹いせの苛めは横行します。
　生意気だと一期上の兵に殴られそうになった著者は殴り返し、そのまま相手の同期に取り押さえられます。むろんそのままではずまず、翌日夜甲板下士官に呼び出され、いわゆる海軍精神注入棒が三本折れるほど叩かれて当直に立てないほどに負傷します。班長である古参兵曹が敵は討ってくれましたが、軍医の元へ行くこともできずそのままに。
　そんなもの。

　その中でも、教育がない一兵卒だったという割には、著者はいろいろと見て、いろいろ考えるところがある様子。
　師範徴兵がなにかと理屈をつけて教練をサボろうとする際に、軍隊というものの中でどう生きるべきか考えたり。

　私は、批判的であるのは必ずしも悪いことではないと思っていた。悪いのは彼らがそれをひけらかして、それで統一されている秩序を撹乱することだった。軍隊生活に矛盾撞着のはなはだしいのは否むわけには決して行かない。しかし理の如何に関わらずその命令は絶対であらねばならない。私たちはまず行動しなければならないのだ。解決は行動以外にないのだ。そして責任の限界というものは常に命令と服従の間に存在している。彼らはこの行動ということを躊躇する。そこに内的な批判が外に現れる隙ができる。軍隊生活へのさしたる知識もなく、平時徴集されて来た彼らの先輩が単に客あつかいされてすぎ去ったのをきき、陸軍に比べて小綺麗な感じを与える海軍生活を漠然と想像してきたのが、打って変わって、新兵という、例え短い間でしかなくても、最下級のみじめな生活からたたき上げられて、まして思いも設けなかった原始的な伝令の発生教練というものに突き当たった村田が、いやになった気持ちはわかるのだった。（P106-107）

　言いたいことはわかる、けどだから自儘にサボっていいもんじゃないぜ、理屈をこねて自分の境遇の不当を訴えてもどうしようもないぜ、とりあえず現実を見て今は我慢しろ、と。
　人により意見はいろいろだろうけど、これもまた正論じゃないかな。

　いろいろ不満もあったでしょうが、なかなか嫌なやつの実名は出しません。しかし一人だけ、はっきりと名指しされた人がいます。自分の城である機関室で権力をふるい、他人を貶め、自分の子分たちを優遇させ、なにかというとサボる男。
　昭和17年10月17日のこと、ガダルカナル島沖で負傷者を収容してショートランドへ運んでいく途中のこと。

　先任将校は最初それらの負傷者を機関科の居住甲板である第四兵員室に入れさせた。彼らが上がったすぐ下であり、歩行困難な者も多い彼らに、慣れぬ艦上のくらやみを歩かせないためもあり、前部よりも動揺少なく、換気がよいのを考えてのことと思われた。収容終わり帰途についたころ、機関長は先任将校に負傷者を前部の兵員室に移してくれるようにと言った。機関科員が休養できないからというのが理由であった。この申し出が如何に無茶なものであるかは誰にも考える余地がなかった。負傷者の収容や看護に当たった水兵員はことに憤激した。戦って傷ついた者、病に倒れた者への思いやりは、だれ彼の差別ないのが当然であるべきだった。居住がいいばかりでなく、その半数または三分の一が当直に立ったあとの空いて広々と使える機関科の居住甲板は、居住悪く、狭いごたごたした兵科のよりも負傷者にとってどんなにいいかしれず、それもショートランドまでの十数時間でしかないのだ。若い人のいい先任将校は、
　「機関科っていうやつは昔からそうなんだ」とつぶやいて機関長の申し出を承諾した。
　落ち着いてすでに眠りはじめた者もある傷病者は、いぶかし気な蒼い顔で起き上がると、背負われたり肩を借りたりしながら一足一足を不安そうに踏んで移動をはじめた。兵隊はやり場のない憤怒を、
　「あいつは鬼だ！」
　「高橋徳蔵みたいなやつこそくたばるがいいんだ！」
　と夜の海上に向かってどなることによりわずかに晴らしていた。この出来事は全く不愉快なものであった。そして私は彼、高橋特務機関大尉の他のどんな功績も、この汚点をぬぐい去ることはできないと思った。（P122-123）

　名前といえば、須藤氏が慕う松原艦長が艦を去ったのは昭和17年の11月ですが、後任となる士官はN少佐としてしか出てきません。なにやら思うところがあるのか。この中村昇少佐を含め、このほんの中ではそれ以後の艦長たち、杉原与四郎少佐、西村徳太少佐、そして最後の大熊安之助少佐まで、まったく名前を上げられません。

　名前といえば、前線で戦う中で勇名を残した駆逐艦夕立の艦長について、こんなことも。

　私たちは前の艦長の風貌に似ていると感じたが、同時に重要な一点が異なっているのも知った。前の艦長は進むとともに退くことを知っていた。昨夜、一度両舷戦闘を行ったのち、春雨は戦場を離脱したが、夕立は単艦反転すると再び敵の真っただ中に入り、そのおり致命傷を負ったのだ。夕立以前に二隻の駆逐艦を乗りつぶしているこの人を夕立の下士官の一人は無茶すぎると評した。だが、心の動揺を表面の平静に装って切り抜けようとしているのがあらわないまの五月雨艦長と比べて、はるかに心強い感じにあふれていた。　（P145）

　これは、激闘の末に大破した夕立から逃れてきた夕立艦長（吉川潔少佐）が五月雨に救われたあと、再三夕立を魚雷で処分してくれるように頼み、もう沈んでいるはずだからと五月雨艦長中村少佐に断られたあとのこと。
　誰しも死ぬのは怖いが、自分の義務を果たすことはもっと大切ではないのか、ということか。
　ちなみに吉川少佐はこの戦いで負傷していましたが、こののち後方勤務を断り新鋭駆逐艦大波の艦長を拝命して、昭和18年11月にアーレイ・バーク大佐指揮下の米軍駆逐艦隊と交戦し、戦死します。

　前線だけでなく、後方の工廠で見た醜い人々も描き出しています。なにか持ってこなければまともな仕事をせず、自分の上官がいなければ平然と怠け、ずるをし、無責任な工事をする工員たち。人はこれほどまでに堕落できるものなのか。

　そういう世界の中で、須藤氏は他の乗組員たちと共に駆逐艦五月雨で戦い続けます。昭和19年8月にガルワングル環礁で座礁し、艦を放棄するまで。
　これについて、見張当直をしていた高橋兵曹が再三浅瀬を報告していたのに、前方の不明の艦影に気を取られた艦橋の士官たちはそれを無視していた、と須藤氏は書きます。当時暗号当直をしており、艦橋の声が聞こえる場所で勤務していた須藤氏の残した言葉ですから、正式な記録はどうあれ重みはありそう。

　須藤氏にとって駆逐艦五月雨と太平洋戦争はどんなものだったのか。なにやらいろいろ考えさせられる一冊でした。　（2018/10/12）

　読書メーターの記録より　　読了：2018/9/22　

日本帝国海軍白露型駆逐艦「五月雨（さみだれ）」
履歴：	計画：マル1計画起工：1934/12/19 進水：1935/7/6 就役：1937/1/29 　1944/8/26　船体断裂、放棄除籍：1944/10/10	1944年8月の「五月雨」艦型図
艦級：	白露型駆逐艦6番艦
排水量：	基準：1,685トン
全長：	111m
全幅：	9.9m
吃水：	3.5m
主缶：	ロ号艦本式缶3基	兵装：	50口径12.7cm連装砲 2基4門　単装砲 1基1門毘式四十粍機銃 2基 61cm4連装魚雷発射管 2基8門(魚雷16本) 爆雷投射機2基　爆雷×16 　★1944年7月時点機銃増備:25mm3連装3基、同連装1基、同単装10基、単装機銃座1基。後部2番単装主砲撤去。前部右舷の予備魚雷格納函撤去。水測兵器:九三式水中聴音機と探信儀装備　探信儀の水流覆いは装着電探:7前マストに22号電探と13号電探を1基ずつ
主機：	艦本式オール・ギアードタービン2基2軸 42,000hp
最大速度：	34ノット
航続距離：	18ktで4,000浬
乗組員：	226名