T055 東郷隆

作家番号： T055	東郷隆	とうごう・りゅう
	国籍：日本	生没年：1951/12/16～
國學院大学助手、コンバットマガジン編集者などを経て、その後、作家生活に入り、『鉄砲松』（1993）で吉川英治文学新人賞を受賞。　歴史や軍事に関する該博な知識を駆使して、歴史・時代小説の問題作を精力的に発表する。

管理番号	書　　名		メ　　モ
T055-001	銃士伝		日本の歴史の中で、銃で戦った男たちの点描。短編集。
T055-002	魁偉なり		広瀬武夫という男の新たな面

		Ver. 2.19

管理番号：T055-001

30 歴史小説・日本史

出版社：講談社

書名：銃士伝			ISBN978-4-06-275871-0 C0193
1996.4に講談社より出た「本朝銃士伝」に「銃隊」を加えて文庫化したもの		講談社文庫と32-12
	価格：629Yen	ページ数：341P		本のサイズ：文庫
初版発行：2007.10.16	購入：2007.10.26	表紙：「出潮引汐奸賊聞集記」大阪歴史博物館蔵

　日本史の中で、銃、鉄砲の果たした役割というと、戦国時代の新兵器として描かれる以外は、単なる東洋の島国として、海外文化を物まねしただけだと考える人もいるようです。たしかに、ちょっと現れてすぐ消えたというイメージがありますよね。
　でも、16世紀後半で限ってみると、日本の鉄砲生産数は国家別に見ると世界最大だったし、1600年に関ヶ原の戦いでは、両軍あわせて20万近い兵力がひしめき合い、そのうち火縄銃は8万丁を越えていたという（要・確認）。数量に関してはあいまいですが、同時代のヨーロッパで万を超える銃器が使われたことはまれです。もうすこし、広く取り上げても良いのではないでしょうか？

　火縄銃は、徳川政権の非武装化政策（あえて「平和政策」とは言わない）により、殺戮兵器としては形骸化したのち、権威の象徴の役割も刀剣に奪われ、一部の例外を除くと美術・骨董価値だけのものとなり、技術的な発展は趣味的なもの以外皆無となります。

　では、それ以後の銃は日本人にとって何だったのか。
　幕末・明治の動乱の中で、西欧式軍隊の装備として導入された新規のものだけなのか。

　東郷氏のこの短編集は、戦国時代から現代（近代ではない）に至るさまざまな場面での、銃と銃を扱った兵士たちの物語です。

　　銃隊
　1575年6月、三河の国長篠で、織田・徳川連合軍が甲斐武田軍を殲滅します。この戦いを、信長軍に参加した長岡兵部藤孝配下の鉄砲足軽兵の目で描きます。長岡藤孝とはのちの細川幽斎で、当時は畿内に兵をおいていましたが、火縄銃ごと鉄砲足軽のみ徴発された訳です。彼らが武田の騎馬軍を圧倒する訳ですが、この戦いを兵の視点で描いたものは珍しいかな。

　　退き口（のきぐち）
　1600年関ヶ原。島津維新入道義弘は心ならず西軍に付きますが、軍議に納得できず、戦場のど真ん中で武装中立を宣言したあげく、戦敗の帰趨が決定した午後になってから戦場を離脱します。それも、尻尾を巻いて退却するのではなく、東軍の主力部隊のど真ん中を強行突破し、家康の本陣の目の前を通過し、そのまま伊勢を経由して本国へ帰還したのでした。
　この驚くべきいくさの中で活躍した薩摩の銃兵の物語です。

　　激発
　江戸時代末期、上海に密航した高杉晋作から始まります。彼が買い求めたスミス＆ウェッソン・リムファイア拳銃が坂本龍馬に渡ります。
　この小口径の拳銃が、1866年2月の寺田屋事件で龍馬の命を救うことになりました。

　　墨染
　幕末、一度は新撰組に所属した伊東甲子太郎が路線の違いから脱退した後、1867年11月に近藤勇らに暗殺されます。
　これに怒った勤王の同志たちが、近藤の動静を探り、12月に暗殺を企てます。銃を嫌悪する懐古思想に凝り固まった中で、阿部十郎はランカスターという4本の銃身を束ねた拳銃を使い、近藤の左肩を射貫いたが、結局取り逃がしたとか。

　　銃剣（バイヨネット）
　戦争が近づいた昭和の時代、剣道場を訪れた一人の老人。にこにこと少年の練習を見ていましたが、中学生の理不尽な木銃でのしごきを見てふいと立ち上がり、見事な太刀筋の銃剣術を披露します。滝沢朱雀、かつて鈴木竜三郎と名乗っていた人物でした。
　悲劇の「二本松少年隊」に属して、1868年の戊辰戦争の会津攻めの時に、薩摩の野津道貫、のちの日露戦争の猛将に挑んだそうな。

　　電信鉄砲
　明治初期の熊本。士族たちの不満の中で、それまでの鎮台司令官が艶福家で無能な種田少将に変わったとき、さまざまな思惑の中で暴動が始まります。戦国時代から抜け出てきたような武者行列は熊本城、電信所などに殺到します。1876年10月におきた「神風連の乱」です。西欧式銃器を穢れたものと唾棄する時代錯誤の中で、小さな拳銃が火を吹く。
　種田少将の愛妾小勝が、修復されたばかりの電信で打った電報「ダンナハイケナイ、ワタシハテキズ」は、その下に「カワリタイゾエ　クニノタメ」という下の句が着いて、都々逸として花柳界で流行ったそうな。

　　　香水
　明治5年の銀座から始まります。銀座にもこんな時があったんだねぇ、という描写が楽しめます。
　いまだ暮らしにくいこの銀座で「信濃屋　SINANOYA」という輸入商を営む元武士の太兵衛という主人に、ある夜新橋の待合の女将から、こんなものが手に入らないかと客に言われたという問い合わせが入る。
　注文主は、薩摩の陸軍少将桐野利秋という。かつては中村半次郎、またの名を人斬り半次郎として有名だった男。
　こんな洒落たものをたしなむようになったこの男が、やがて1877年の西南の役で戦死します。太兵衛が用立てたマルティーニ・ヘンリー・ライフルの弾で撃ちまくり、最後は刀を振り上げたところを官軍の兵に狙撃されたという。

　　蓬壺
　昭和9年の満州。記録映画会社に勤めていた主人公たちは、満州国執政溥儀の皇帝即位を撮影できなかった腹いせに、物見遊山気分で記録映画を撮りに行きます。ここで出会った馬賊の襲撃。
　物語は、いつの時代かはわかりませんが、現代にその老人がマイクに向かって懐古潭を語るという形式になってます。

　　木の上
　日本兵をジャップと呼ばないでグーク（敵）と呼ぶエンジェル軍曹に怒鳴られるアメリカ兵の視点で語られます。
　南太平洋ペリリュー島で、1944年9月から11月まで、アメリカ軍は日本軍がこもるこの島を攻略しました。「5セント切手一枚張ったハガキで集められたアマチュアどもの軍隊」の意外な、というより恐るべき粘り強い抵抗にアメリカ軍は苦戦します。艦砲射撃で山の形が変わるほど叩きのめされた島に上陸すると、ありとあらゆる物陰からすさまじい火砲が火を吹くのです。そして夜は、恐るべき白刃突撃もあります。
　掃討作戦はなんとか進みますが、しぶとく残った日本兵狙撃手がいます。旧型ながら精度の高いスコープ付きタイプ38（三八式歩兵銃）を使い、どこからともなく撃ってくる。
　兵士同士の、銃弾による鎮魂歌です。

　この作家、初めてです。次が読みたくなった。（08/3/1）

		Ver. 3.00

管理番号：T055-002

51 伝記・一代記　

出版社：NHK出版

書名：魁偉なり	広瀬武夫伝		ISBN978-4-14-005591-5　C0093
	価格：1600Yen	ページ数：284P		本のサイズ：135×195HC
初版発行：2010/11/25	購入：2012/12/18	表紙イラスト：

　広瀬武夫（慶応4/5/27（1868/7/16）～明治37（1904）/3/27）とは、明治の軍人です。
　日露戦争の時、ロシア極東艦隊の本拠地である旅順港を老朽船を使って閉塞する、という作戦が立てられました。当時海軍少佐であり、戦艦「朝日」の航海長だった広瀬は、この閉塞作戦に立案時から参加していましたため、自ら閉塞船の指揮官として旅順港に潜入し、2回目の閉塞作戦の際、帰還途中で敵砲弾により戦死しました。
　その壮烈な最期は当時のマスコミが盛り上げられ、戦意高揚をねらう国の意向とも合致し、広瀬は、同じ作戦で行方不明・戦死認定された下士官杉野とともに、戦死前日にさかのぼって昇進し、広瀬中佐、杉野兵曹長として軍神第一号となったのでした。

　この広瀬とは、単に戦死したさまだけでなく、別なことでも人物として注目を集めた人でした。エピソード、伝説のたぐいの多い人物だったのですね。

　講道館柔道が隆盛を極めるようになる前にその門をたたき、武道家として名をなしたこと。
　健啖家で、甘いものが大好き。「終身、酒を口にせず」と書き残したように下戸、しかし人と楽しい時間を過ごすのが好き。喫煙はせず、賭け事すらしない、絵に描いたような好漢。
　母親に、丈夫な体で産み育ててもらった感謝を伝えるため、ふんどし1枚の姿で写真を撮って送った、稚気あふれる親孝行な青年。
　ロシアに留学した際、ダンスと上流階級での気の利いた会話を習い、社交界で洒落た青年紳士として評判をとったこと。
　厳冬期のシベリアを、欧州から日本への帰京の際、ルートとして選び、姿を消してソリで走りきった剛毅な軍人。
　ロシア赴任中、上官であった八代六郎少佐(当時)に、ある漢詩を俳句にできるか、三十分以内に、とけしかけられ、五、六歩あるいて「盗人（ぬすびと)を吾子（わがこ）と知らで垣（かき）造り」　と詠んだ話。

　そして最も大きな伝説は、コワレフスキー少将の娘アリアズナとの恋。
　これは、広瀬武夫の伝説となりました。

　ところが、この伝説には裏があったらしい。

　明治30（1897）年9月、広瀬大尉はロシア留学を命ぜられます。
　このとき、上司の紹介で、ペテルブルグ大学の教授ペテルセン、ウラジーミル・コワレフスキー少将、パブロフ博士などと出会い、家族ぐるみで歓待されるようになりました。
　この付き合いは、明治32（1899）年4月に留学を免ぜられて在露日本公使館駐在武官となってさらに進み、ペテルセン教授の娘マリア（当時21、2歳？）、コワレフスキー少将の娘アリアズナ（18歳）と親密になったそうな。当時、広瀬大尉、31歳。
　　アリアズナ以外にもう1人付き合いがあったのも驚きですが、このアリアズナについても裏があったらしい。

　平成22（2010）年、ロシア外交アカデミーの研究家スベトラーナ・フルツカヤ女史の研究結果がロシア発外伝として発表され、日本を驚かせました。
　アリアズナの父コワレフスキー少将は実在しない、という。しかし当時コワリスキー・ウラジミール・アレクサンドロビッチという海軍大佐がおり、アリアズナという23歳の娘がいたのだそうな。
　※ ここでこの大佐の名をこう著者は書きますが、その名前に疑問があります。ロシアの習慣である名前につく父称（〝～ヴィッチ〟とは～の息子ということ）は洗礼名の後ろに付くものであるし、このあと「コワリスキー大佐」という言い方をします。ならば、正しい名前は「ウラジミール・アレクサンドロビッチ・コワリスキー」ではないか？

　こうした「虚説」の流布についてフルツカヤ女史は、
　「コワリスキー大佐は、当時、ロシア海軍で機雷敷設の専門家として知られていた。同じ水雷関係の専門家であった広瀬は彼の軍事知識を狙って接近した可能性が高い。アリアズナはその犠牲者であろう。旧ロシア海軍の不手際が表面化することを嫌った旧ソビエト政府が偽の情報を流し、それが昭和35年に出た『ロシアにおける広瀬武夫』に反映されて一般に流布した」
　と述べている。（産経新聞・10月18日・金・13時19分配信　による）
　この『ロシアにおける広瀬武夫』は元東大教授島田謹二氏の著作で、広瀬の再評価のきっかけとなった本である。
　これが本当なら、ずいぶん興醒めな話であるし、反面、やはり広瀬は有能な諜報員であったとうなずく向きもあろう。（P24)

　という展開となりました。しかし著者、東郷隆氏は、一歩引きます。

　しかし、スベトラーナ・フルツカヤ女史の話を早急に「真説」　と認めるわけにもいかない。今は、こういう説も出た、という紹介に埋めておく。（P24）

　うーむ、ロシア上流階層の人気のあった令嬢が、アジアの「平たい顔族」の日本海軍士官にたぶらかされた　と言う屈辱より、現代のロシア人が聞き慣れている諜報戦により、悪辣な敵国士官の手腕に一敗しただけ　とした方が国や民族の名誉は保たれるんじゃないか、その方向への解釈を上げることで、ミスリードを意図したのかも、と考えることもできますよね。
　そもそも広瀬武夫に、権謀術策に秀でた諜報員の姿は似合わない。日本海軍があの時代、手の込んだ諜報活動を海外駐在武官に命ずることなども、ちょっと考えにくい。ま、真相は謎ですけどね。

　この本は、様々な広瀬武夫を見せてくれます。ふんどし1枚で写真を撮る稚気あふれる姿。山のような餅を平らげて豪快に笑うさま。70代になった元博徒、清水次郎長(しみずのじろちょう)(（1820-1893 本名：山本長五郎(やまもと・ちょうごろう)）の家に押しかけて「戦場での心得を尋ね」て老人を困らせたこと。危険を感じて自重を求める友・秋山真之に、『断じて行えば鬼神も之を避く』と言い放って旅順港へ進発した夕暮れ。
　ここ、作戦立案者として秋山の及び腰の姿勢は間違ってはいないかも知れないが、無茶を承知で決行を主張する広瀬の声もまた、前線に立つ武人として正しい、と思います。いざという時に無理・無茶をしなければ、一発逆転の大勝利はあり得ない。
　その影に、ダンスを習い、社交会話で人気を集め、ロシア語・ロシア文学に造詣の深かったスマートな海軍士官もまた、間違いなく存在しました。

　ここにいるのは、単純な硬骨漢ではない、二面性をもったもっと複雑な人物。
　偶像を引きずり降ろしてみたその向こうに、たしかに「魁偉な」海軍士官、広瀬武夫が存在したようです。（2013/5/16）